依頼と異能 07




「もう終わったの?」
 雛の家に着いてすぐ言われた言葉に、藍たち三人は微妙な顔をした。もう少し掛かると思われていたのだろうかという雰囲気を発していると、唐突に雛が苦笑する。
「ごめん、さっきのは気にしないでとりあえず入って。紅茶ぐらいなら淹れたげる」
 その言葉に従ってリビングに向かい、そこに立っていた男を見て藍は息を呑んだ。
「…………っ」
 濃い色のスーツを着た、長身の男。ただ立っているだけでも他人を威圧する、強大な能力を持った異能者。
 リビングに入れず足を止めた藍に気付いて、先頭にいた雛が首を傾げる。
「どうかした?」
「どうかしたって…………」
 雛を見て、視界の端に入った男から視線を逸らす。首を傾げていた彼女はその僅かな視線の動きに気付き、あ、と呟く。
「翔、さっさと引っ込んで」
「朝霧でも来てるのか?」
「そう。今日、土師さんとこ行くんでしょ? 早めに行って」
 彼女の言葉に苦笑して、翔はリビングを出る。夕飯までには戻る、と言い残して廊下を歩いて行った男の姿が消えて数秒してから、藍は溜息を吐く。
「……心臓止まるかと思った」
「大袈裟すぎるわよ、それ。別に睨まれたわけじゃないんだし」
 言って、雛はキッチンに消える。彼女が紅茶を淹れている間にそれぞれ座り、藍はもう一度溜息を吐く。
「やっぱ無理だ、あのひと……」
「なんで翔さんが怖いの? 普通じゃない?」
「成瀬は身内だろ」
 こてりと首を傾げた芹菜を睨んで告げると隼斗が笑った。それ関係ないよ、と笑いながら言った彼はテーブルに肘を着き、告げる。
「俺だって翔さん苦手だよ。芹は雛の強さに慣れてるから平気なだけだって」
「私、翔さんは怖くないけど姉さんは怖いわよ。時々ぞっとする」
 姉妹なのに、と問おうとしたところで四人分の紅茶を持って戻って来た雛に「まぁ、そうでしょうね」と遮られる。
「私、五年前まで落ち着きなかったから。去年も凄かったわね」
 のほほんと笑う彼女の顔から藍は視線を逸らす。確かに、一、二年前の雛は機嫌が悪い時が多かった。そうでなくても、どことなく棘があったのだ。一応藍の前では機嫌の悪さを出さないようにしていたが、翡翠や精霊と話す時に棘があった。
 そして、藍と同じように芹菜と隼斗も雛から視線を逸らしていた。斜め下を眺めている芹菜と、天井を見上げる隼斗を見て、雛は苦笑する。
「で、どうだったの? 一応翡翠から報告聞いたんだけど、次も三人で大丈夫そう?」
「微妙」
「俺も微妙。芹はともかく、朝霧が邪魔。囮として役に立ったあとどう扱うべきか悩む」
「私は何とかいけそう。精霊も、多分借りなくて大丈夫」
 藍と隼斗、それから芹菜が言った言葉を聞いて雛は「そう」と呟く。紅茶の入ったカップを持って、彼女は微笑む。
「じゃあ大丈夫ね。水曜と金曜に入ってる分もお願い」
 さらりと告げられた言葉に藍は目を瞠る。ちょっと待て、と言って彼女に確認を取る。
「どこが大丈夫なんだ? 俺も長谷部も微妙だぞ?」
「芹菜が大丈夫って言ってるから大丈夫よ。それに、芹菜と隼斗は元々相性いいもの。朝霧君と隼斗がそこそこ連携取れるようになれば何の問題もないわ」
「なんでそうなるんだ?」
 その問いに彼女は笑う。だって、と呟いた雛は微笑んで告げる。
「芹菜、優秀だもの。ちゃんと連携さえ取ってくれれば、問題なんてなくなるわ」



「なぁ、長谷部」
「なにさ、朝霧」
「雛が土曜に言ってただろ、『俺とお前が連携取れれば何の問題もない』って」
「言ってたね。で?」
「取れるか、連携?」
 問うと、隼斗は笑った。半分ほど食べた弁当を芹菜に渡し、立ち上がる。
「無理だね。そもそも、意思疎通が上手く行かない」
「だよな」
 蓋を閉めたペットボトルを置き、立ち上がる。互いに相手を見て、隼斗が口を開いた。
「一回、本気で殴りあう?」
「そのつもりで立っただろ、お前」
「まぁそうだけどさ。芹、殴り合ってもいい?」
 座ったままの芹菜に隼斗が確認を取る。藍から見ればそれで足りるのか、と聞きたくなるほど小さな弁当から玉子焼きを摘んだ彼女はぴたりと動きを止めて告げる。
「駄目。お昼も食べてないし、殴りあったぐらいで連携取れるってわけでもないでしょ」
「取れるって」
「無理。それだったらまだ部活のほうがマシよ」
「部活?」
 隼斗が首を傾げた。同じように、藍も内心で首を傾げる。部活のほうがマシ、と言われても、藍は部活に入っていない。まさかその為だけにどこかの部活に入部して来い、と言う気なのかと疑っていると「朝霧、あんたが考えてることははずれだから」と言われる。
「じゃあどうする気なんだ?」
「朝霧が部活に入ってるのかどうかは知らないけど、隼斗は入ってるでしょ。それでも見れば?」
 言って、彼女は玉子焼きを口に入れる。そのまま藍と隼斗が何を言っても食事を続け、文句を聞き流した彼女に逆らえず、結局放課後に放送部に行く、という予定が立てられた。

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