依頼と異能 04



 
「じゃあ、多分すぐ終わるだろうから待ってて」
 そう言って隼斗が入っていった部屋にかけられたプレートに書かれている名前を藍は小さく呟く。
「放送部、か……。意外だな」
「昔から似たような活動のとこに顔出してるから、多分好きなんでしょ」
 独り言のつもりで呟いた言葉に返事があり、僅かな驚きを抱いたまま芹菜を見下ろす。
「昔からって、同じ中学だったのか?」
「それどころか家自体一緒よ。実家も幼稚園から高校も一緒だし、いま住んでるところだって隼斗と、それの兄と同居」
「……仲いいんだな」
「全然。私と隼斗だったら姉さんと翡翠のほうが仲いいわよ」
 たとえが分かりにくい、と呟いて壁にもたれる。隣に佇む彼女と視線を合わせないまま「土曜、なにかあるのか?」と問うと「さあね」と返される。
「聞いてるけど、それを朝霧なんかに言っていいのか私は知らないのよ。下手に情報渡して、それが原因でこっちに巻き込まれるってなったら、私はどうでもいいけど姉さんがどういう反応するか分からないし…………知りたかったら直接姉さんに聞いて」 
「……巻き込まれてもどうでもいいって、雛とは違うんだな」
 小さく呟くと、「当たり前でしょ」と告げられ、芹菜を見下ろす。
「私は姉さんじゃないし、こっち側に生まれてない人間がこっち側の事情に巻き込まれてもかわいそうだなんて思わないわ。こっちの人間に関わることを決めたんなら、その事情に巻き込まれる覚悟ぐらいしときなさいよ、って思うだけ」
 感情の篭っていない声で言い捨てて、彼女は溜息を吐く。でもまぁ、という言葉に続けられたのは彼女ではない人間の意見だ。
「巻き込まれるなんて考えてないんなら、巻き込まれた時に助けるべきって意見もあるわね。私からすれば巻き込まれるほうが悪いって思うんだけど。隼斗とかそれよ、巻き込まれたら助けるべきって考え」
「…………それが一番意外だ。あいつ、巻き込まれても無視するタイプじゃないんだな」
「甘いのよ、意外と。そのくせ自分の周囲の人間は引っ掻き回して混乱させて自分のいいようにしたがるからムカつくわ」
 お前被害者か、と言い掛けて寸前で言葉を呑み込む。基本的に表情のない彼女の顔に、僅かな怒りが浮かんでいるのだ。出来れば突付きたくない。
 部屋の中からがたがたと音がする。大勢の人間が席を立ち、その際に椅子を除ける音。それが止んでしばらくすると、扉が開いて部員が出てくる。
 二年と一年の生徒が入り混じった中に、昼に見た茶に近い黒髪を見つけて視線を動かす。平均よりも数センチ低い身長と、それに見合った細い身体。さっさと階段を降りてしまった後ろ姿を眺めていると、肩を叩かれる。
「朝霧、もしかして月森でも見てた?」
「は? 月森?」
 誰だそれ、と声に出さないまま問うと肩を叩いた格好のままで隼斗は笑う。
「後輩。結構出席率がいいほうの女子で、雛と芹の中間ぐらいの身長だから……まぁ、百五十五ってとこか。割と細い子だよ」
「…………よく見てるんだな、長谷部。何でそんなすらすら言えるんだ」
「いや、まだ顔の説明とかしてないから。で、見てた?」
「見てない。肩叩くな」
 隼斗の手を払い、芹菜を含めた三人で学校を出る。駅に向かう途中で不意に気付いたことを藍は口に出す。
「そういえば、成瀬って結構身長あるな」
「まぁ、姉さんに比べたらあるでしょうね。十センチ以上離れてるから」
「……百六十前半か、お前」
「芹は百六十四だよ。雛が百五十」
 言って、隼斗は笑う。姉妹でも物凄い差だよね、と笑った彼を見て、芹菜は溜息を吐いた。
「言っておくけど、理由なんて知らないわよ。親戚の間でこれが理由だろうって言われてるのなら知ってるけど、確証はないし」
「いや、そこまで聞かない」
 言いながら改札を通る。そこから電車を降りるまでは三人とも無言で、駅を出てすぐに芹菜が携帯を取り出す。
「先に連絡するけど、朝霧、予告なしで行って驚かせたいとか思ってる?」
「それ、小学生でも思わないだろ」
「じゃあいいわ。連絡する」
 歩きながら芹菜が電話を掛けた。一言二言話し、通話を終えた彼女は隼斗を見上げて告げる。
「今日、姉さんも忙しいみたい。ばたばたしてた」
「雛がばたばたするってよっぽどじゃん。土曜どころかしばらく俺と芹に仕事投げる気じゃないの?」
「私はバイト代が出るからいいけど。むしろ、朝霧を放置したいぐらい」
「いや、それは無理なんじゃないの? 雛が言うには朝霧が囮で、それ目当てに頼まれてるんだし」
 唐突に芹菜が振り向く。藍を見上げ、こてりと首を傾げた彼女は首の角度を戻さないまま呟く。
「でも、私も不思議なのよね、朝霧の能力。そこそこコントロール出来てるのかと思ってたんだけど、よく見たらあんまりコントロール出来てないし。かと言って体質って言い切るには何か違うし…………能力と体質でも混ざってるのかしら」
 その言葉に藍も首を傾げる。能力と体質が混ざる、その言葉の意味が分からない。
「成瀬、それどういう意味だ?」
「そのまま。能力か体質か、そのどっちかに見えるけど実はその両方が混ざってるのかなって思ったのよ。朝霧、霊は見える?」
 歩きながら、芹菜が問う。それに頷いて「見える」と答えれば「じゃあ、精霊は? 姉さんが呼び出して隣にいる翡翠とか見える?」と訊き返される。
「それも見える。急になんだ?」
「ただの確認。じゃあ、姉さんが呼び出してない精霊は見えるの? 姿を取ってない、青い炎」
「……見えると言えば見える。どれが誰かは分からなくても、それがあるってことだけは分かるな」
「じゃあ、これは?」
 言いながら、芹菜が右手を肩まで上げる。その白い手の甲の上に十センチほどの猫のような獣が現れたことに気付いて眉を寄せながら答える。
「小さい猫みたいなのが見える。何が聞きたいんだ?」
「確認よ。隼斗、見える?」
 肩まで上げていた手を更に上げ、隼斗の顔の正面に持っていく。その手に乗った獣と、隼斗の視線が合う様が藍にも見える。小さく鳴いて首を傾げた獣の青い瞳が彼を真っ直ぐ見ている中、彼が首を振る。
「見えない。何かぼやぼやした物体にしか見えないよ。あ、ぼやぼやした物体って言っても白いから。靄とは違うよ」
「そう。朝霧、あんた、これがどういう風に見えるのか言って」
 芹菜の手が近付けられる。その手の上に座り、顔を掻く獣を見ながら、特徴を告げる。
「十センチぐらいの、小さい猫だな。で、目が青い。全体的に白っぽくて、いま毛繕いしてる」
「そう。ならいいわ」
 言って、彼女は右手を下げる。手に乗っていた獣の姿も消え、隼斗が彼女の髪を引く。
「芹、どういうこと?」
「弱いのを呼び出してみた。ほとんど能力がないから、人外を視る能力が強くない限りは見えないの。だから、その辺りの能力が弱い隼斗には見えなかったのよ」
「つまり、能力と体質両方が混ざってる可能性があるってことか。朝霧、よかったね。一つ謎が解けたよ」
「解けてない。お前ら二人の話がさっぱり理解出来ない。分かるように説明しろ」
 言うと、隼斗の手を払いながら芹菜が「じゃあ、雑に説明するわね」と告げる。
「まず、異能って一口に言っても色々あるのよ。私と姉さん、それから翔さんとか隼斗とかは『柚木』って一族が持ってる能力を受け継いでる。で、その能力はここじゃない世界から何かを召喚して、それに命令することが出来る能力なの。ここまで分かった?」
 確認に頷く。いままで雛が言っていた『精霊を呼び出して使う』という能力の仕組みを理解して芹菜の説明に耳を傾ける。
「でも、ここじゃない世界から召喚されたものは当然のように人間じゃないのよ。だから、『柚木』は人外を見る能力も副産物として受け継ぐ。これも分かる?」
「分かるから先に説明してくれ。一々確認取らなくていい」
「そう。じゃあ、確認取らずに続けるわ」
 芹菜は歩く。隣の隼斗が彼女のスピードに合わせて歩くから、当然藍も芹菜にあわせて歩くことになる。
「召喚する為の能力と、人外を視る能力がセットになってる所為で、召喚する為の能力が弱いと人外を視る能力も弱いの。だから、召喚の能力が弱い隼斗にはさっきの獣が見えなかった。でも、朝霧ははっきり見えてた。これってつまり、朝霧は『人外を視る能力』を持ってるって証明になるのよ」
「なんでだよ。繋がってないだろ」
 見えるだけでは、体質と言う可能性もあるのではないかと言外に問うと芹菜は一瞬立ち止まった。溜息を吐き、説明面倒、と呟いた彼女は歩き出し、そして右手を上げる。
 その手の甲に、先ほどの獣が乗る。猫そのものの声で鳴いたそれは芹菜の手から移動して彼女の肩に座る。それを、隼斗が睨むように視ていた。
「だめだ、やっぱり見えない。芹、それの特徴話したほうが早いんじゃないの」
「でしょうね。朝霧、これの特徴だけど、戦闘の能力はないの」
「じゃあ、何の能力を持ってるんだ?」
 藍の問いに芹菜は振り向き、ふっと笑う。
「隠れる為の能力」
 たった一言、要点を告げられて眉を寄せる。隠れる為の能力を持った獣、それを隼斗は視ることが出来ず、藍は視ることが出来る。
「どういうことだ?」
「察しなさいよ、馬鹿。これ、隠れることに全ての能力を注いでるの。よほど強い能力を持ってない限りはこれを視ることなんて出来ない。ただ体質で『人外が見れるだけ』なら、これの姿が視えることなんてない。絶対にね」
「なんで」
「そういう生物だから。一定以上の『人外を視る能力』を持たないと姿を見ることなんて出来ない。副産物としての能力じゃ視えないのよ、これは」
 そう言って芹菜は獣を消す。会話のないまま雛の家に向かい、三人は彼女の家に上がった。


「放課後に来い、なんて無茶言ってごめんね」
 リビングに三人を通し、四人分の紅茶を淹れた雛はそう言って笑った。けれど、その顔に疲れが滲んでいる。
「何かあったのか?」
 藍が問うと、三人の前にカップを置きながら彼女は苦笑する。
「うん、まぁ、ちょっと面倒なことがあるの。で、その面倒なことの準備に掛かりっきりで…………」
 溜息を吐き、準備止めたい、と呟いてから雛は自分の席に座る。テーブルの上に積まれた紙の束のうち、三枚の紙を取った彼女はそれを一枚ずつ配って紅茶を飲む。
「それ、簡単に纏めておいたから後で読んでて。芹菜と隼斗は土曜日来なくていいから代わりに退治よろしく。何なら私か翔から精霊も貸すわ」
「借りるかどうかは読んでから決める。姉さん、土曜以降、大丈夫なの?」
 その問いに雛は苦笑する。カップを置いて、彼女は首を振る。
「残念ながら無理そうなの。だから、しばらく芹菜と隼斗に任せるわ。バイト代ぐらいは請求しておくから安心して」
「雛、どれぐらい仕事受けてるわけ?」
「土曜のを含めて三つ。私か翔でサポートは出来るけど、直接行くのは無理だからその辺頑張って。まぁ、適当に修行だと思って」
 隼斗の問いに答えてから、ふと気付いたように雛は首を傾げる。そう言えば、と呟いた彼女は藍に向かって訊く。
「昨日と違って随分仲よさそうだけど、何かあったの?」
「何も。元々関わりのない奴二人だから、喧嘩売られたら買うけど普通に会話するぐらいなら普通にするだけ」
「そうなの? 芹菜、朝霧君も入れて三人で何とかなる?」
 問われて、芹菜は隼斗を見上げる。なに、と呟いた彼の顔を数秒眺め、彼女は雛に向かって頷く。
「隼斗が黙ってれば大丈夫だと思う。というか、私が手綱握らなきゃ駄目なの?」
「隼斗が芹菜を動かすのは無理でしょう? なら、芹菜が要で頑張ってくれなきゃ」
 雛は微笑む。疲れを滲ませながらも、彼女の微笑みは穏やかだ。それを見て芹菜が溜息を吐いた。
「分かった」
「うん、お願い。で、朝霧君と隼斗はどうなの? 三人で何とか出来そう?」
 藍は隼斗を見る。同じように、隼斗も藍を見る。数秒睨みあった結果、二人揃って「何とかなる」と答えると雛が笑った。
「まぁ、何とかなるならいいわ。芹菜も隼斗も、急に仕事回してごめんね」
「私は平気。今日、翔さんは?」
「部屋。情報叩き込むって篭ってるけど……まぁ、入っても大丈夫だと思う」
「じゃあ、挨拶だけしてくる」
 芹菜は立ち上がってリビングを出る。ノックの音と、扉の開く音を聞きながら「平気なのかよ」と呟くと「そりゃ平気でしょ」と隼斗に言われる。
「芹、割と昔から翔さんに懐いてたし。多分、一回も怖いって思ったことないんじゃないの?」
「成瀬のほうが化け物な気がしてきた」
 呟いて紅茶を飲むと、雛が小さく笑う。藍の前で微笑んだ彼女は「ただの慣れよ」と告げる。
「あの子、私の妹だから強いひとには慣れてるのよ。それに、あの子も強いから」
「強いのか?」
「一族平均程度には。異能者全体で見るなら、優秀よ」
 言ってから、雛は隼斗を見る。
「隼斗はまだ翔のこと苦手なの?」
「それどころか雛も苦手。二人して強すぎるんだよ」
「でも、私は翔の半分の能力しか持ってないのよ?」
「翔さんの半分でも俺の十倍だから、雛の能力。いや、十五倍だっけ?」
 首を傾げた隼斗の言葉に雛は笑う。大体十五倍から十倍ってところ、と言って彼女は腰を上げる。
「私、ちょっといまから出ないと駄目だから出かけるけど、隼斗はどうする? 作戦会議するのに移動が面倒って言うんならここでしてもいいけど」
「いや、帰る。さすがに翔さんが出てきたり、迅さんが帰ってきたら気まずい」
「そう? じゃあ、見送るぐらいはするわね」
「いや、いいよ。いつも通り放置でいいって」
 言いながら、隼斗は立ち上がる。朝霧も、と急かされて藍も立ち上がり、玄関へ向かう。
 その途中で、廊下に出てきた芹菜に隼斗は鞄を渡す。それを受け取り、彼女は首を傾げる。
「帰るの?」
「うん。翔さんいるとこで作戦会議出来ないし帰ろ。朝霧、家どの辺り?」
 問われて、藍は学校周辺と言ってから地名を告げる。家を出てから頷き、隼斗は告げる。
「じゃあ、作戦会議するのにこっち来て」
「こっちってどこだよ」
「俺の家。今日、兄貴いないしちょうどいい」
「何がちょうどいいのかさっぱり分からん」
 そこは気にしなくていいのよ、と芹菜が呟く。見ていた腕時計から視線を上げて彼女は問う。
「朝霧、一人暮らし? 実家?」
「一人。それがどうかしたのか?」
「じゃあ遠慮なく作戦会議出来るなって思っただけ。あと、あんまり遅くなるならご飯食べてく?」
「何でだよ」
「二人分作るのも三人分作るのも変わらないから」
「遠慮する。それなら作戦会議さっさと済ませてくれ」
「じゃあ、その方向にしよっか」
 隼斗がそう告げ、三人は駅に入る。そこから電車に乗って、作戦会議のために移動した。

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