GAME 25




 四人もいれば勝てる。そう思ったのは間違いではない。数に頼れば、多少の実力差を埋めることは可能だ。
 それ以前に、四人の中には最強と称される男と、それより劣るとはいえ確かに強者である少女がいる。
 数に頼って実力差を埋める必要などない、そう充は考えていた。充だけではなく、翔の能力を理解している雛もそう思っていた。
 だが、現実は違った。ある意味、彼らは油断していたのだ。
「意外だな。あいつ、無傷だ」
 翔の言葉に充は「嘘だろ」と呟いた。彼自身と、翔が攻撃を加えていた。それだけでなく、雛も攻撃を加えていたのだ。それを受けて無傷であれるはずがない。
「俺たちと同じ能力を持ってるなら、召喚して盾にするぐらいは出来るんだろ」
「失礼ね。盾にはしてないわよ。呼び出して、護らせただけよ」
 佇む女の隣には数分前まではいなかった男が立っていた。一目見て人間ではないと判断出来る、額に角を生やした鬼のような外見の男はまっすぐ伸ばしていた右手を下ろす。
「主よ、我はどうすればいい?」
「この四人の排除をお願い」
「了解した」
 男が頷くのと無形の能力が放たれるのは同時だ。各自で防御を取り、その能力から逃げながら反撃のタイミングを計る。
 その中で、部屋の出口に一番近い位置にいた雛は嫌な予感を感じて十の精霊を呼び出した。
 普段ならば呼び出す為に一声掛けるのだが、それすら省略して呼び出された精霊たちは目を丸くする。
 声を掛け、同意の上で呼び出すのではなく、強制的に引き摺り出す。過去にはそういう扱いをした主たちもいたが、現在の主である雛は違う。
 だからこそ、精霊たちは緊急事態なのかと緊張する。そうでなければ、雛の行動に納得が行かない。
「雛、昔言わなかった? 俺たちを全員呼び出すのは負担が掛かるって」
「言われたよ、憶えてる……」
 雛に従う十の精霊全てを呼び出さなければならない事態になることは全くといっていいほどない。五、六体呼び出すだけでも稀だ。
 十体の精霊を呼び出すと、それ相応の負担が掛かる。負担が掛かりすぎると、それをきっかけに暴走することもありえるのだ。
「とりあえず、名草は守護をお願い。私じゃなくて、優の」
「分かってますよ」
 微笑んだ名草は言われた通りに守護の為の結界を張る。翔や充は各自で何とかするだろうが、優だけは自身の身を護ることすら困難だ。
 怪我をしないようにという配慮でもあるが、名草の結界の頑丈さは雛が一番知っている。彼女の結界があれば、万が一雛が暴走しても優に被害が及ぶことはない。
 自分でも負担が掛かりすぎると理解しているのだ。その内限界が来る。それまでに、出来ることをしておかねばならない。
「で、名草と翡翠以外は全員攻撃お願い。翡翠は待機」
 それぞれの態度で了承が示される。彼らが行動を開始したのを視界の端に収めながら、雛は息を吐く。
 女がどれだけの人外を呼び出せるのか分からないが、重要なのは呼び出す為には時間が必要だという点だ。その時間を与えず、攻撃を続ければ女は負ける。
(呼び出す能力を持ってるなら、それ以外の能力は持ってないはず)
 女の能力は『人外を呼び出し、使役する』ものだと理解した雛は同時にそれ以外の能力は持っていないと判断する。
 きちんとした証拠はないが、おそらく正しいはずだ。呼び出して使役するという能力は使用者に負担を掛ける。それ以外の能力を持つことも、使うことも不可能とさせるほどに。
 視線を動かし、翔を見る。強さを知っているから、彼に対してはそれほど心配していない。むしろ、心配するだけ無駄だ。
「余所見なんて、随分余裕だな」
 唐突に声を掛けられ、雛の肩が跳ねる。咄嗟に伸ばした手を横合いから伸びてきた腕が掴み、反対側の腕が彼女の顎を掴んだ。
 強引に顔を上げさせられた雛は、声を掛けられるまで敵が近付いていることに気付かなかったことに対し危機感を覚える。
 油断しすぎていた。本来ならば接近に気付いたはずなのに、気付かなかった。
 それを後悔する彼女の顎を掴んでいる男はゆっくりと口を開く。
「隙だらけだ、柚木の末裔」
 男の藍色の瞳に雛自身の顔が映り込む。彼女の顔を映した藍色がゆっくりと変化し、雛は僅かな驚愕を覚える。
 瞳孔を中心に、全てが歪む。歪んだ物は螺旋へと変化し、全てが掻き消える。
 そして、彼女の前にある光景が現れる。
 まだ現実になっていない、いつか現実になる可能性が存在する『本物』ではない光景。
 赤く濡れた手を見つめる彼女自身と、血に塗れて動かない男。
 成瀬雛という存在が何よりも恐れる、起きるかもしれない未来。
「あ……」
 違う、と否定する。そんなことは起きていない、そう否定する間も彼女の前には恐れている光景が広がったままだ。
 目の前に広がっている光景は本物ではない。
 それを理解していながらも、恐怖に支配された雛は悲鳴を上げた。

 唐突に悲鳴が響き、精霊を呼び出そうとしていた翔は動きを止めた。そして、舌打ちする。
「あの馬鹿」
 誰の悲鳴だったか考える必要もない。精霊が悲鳴を上げるはずがないのだから、必然的に雛が悲鳴を上げたことになる。
 そして、犯人に一番近い位置にいた翔は女がもう一度人外を呼び出し、呼び出されたものが横を通り抜けていくのを感じていた。女が呼び出したものが雛に向けて能力を使い、その結果が悲鳴だと推測するのに、時間はいらない。
「翔、雛が使えなくなったらヤバくないか?」
「大丈夫だろ。あいつ、精霊全部呼び出してるからな。戦力的には何の問題もない」
「戦略的には問題あるんじゃないか?」
「隙間ぐらい埋めろ」
 充にそう告げ、翔は目の前の女を見た。
 ここではない世界から人外を呼び出し、一時的に主となる。
 その能力に、翔は覚えがあった。
 使ったことはないが、彼らと同一の能力なのだ。
「呼び出して、従える。そんな能力は限られてるはずなんだがな」
 溜息を吐き、視線を動かす。部屋の出口に近い場所にいた雛はその場に座り込み、その隣で翡翠が声を掛け、落ち着かせようとしている。
 翔が何もしなくても、翡翠が何とかするだろう。そう結論付け、彼は視線を戻すともう一度呟いた。
「家系で能力を維持して続けているとしても、この能力を持っているのは柚木だけだ」
 例外は始祖から枝分かれした『柚木であった者たち』だが、その者たちもある程度は把握出来ている。だが、今となってはどの家系も人外を召喚して従えることが出来なくなっている。
 今でもそれが可能なのは柚木、成瀬の二つだけだ。
 持つ者が限られている能力、それを女が使ったことで、翔は彼女の正体を推測する。
「色々と、甘かったみたいだな」
 足元の水が跳ねる。一歩踏み出した翔の背後に、十五の精霊が現れる。それを見て、女の顔が僅かに引き攣った。
「さっさと倒して、ゆっくりと話し合うか」
 その言葉に、十五の精霊だけでなく、雛に従う精霊たちの内、翡翠と名草を除く八の精霊も頷いた。

 優は、何も出来ずに立ち竦んでいた。
 女に攻撃を加えることも出来ず、女が呼び出した人外に攻撃を加えることも出来なかったのだ。
 彼は、敵だろうが何だろうが、能力を向けたことがない。自分が持っている能力は普通の人間は持っていないと気付いた時から、誰かに向けて能力を使うことはなかった。
 能力を使う必要などなかったのだ。暴走すると大変なことになる、それを理解していたから能力を制御出来るようにはなったが、能力を使う場面が全く想像出来なかったのも事実だ。
 だから、動けなかった。
 雛が強いのは知っていた。虫を追い払うような動作で霊を祓う所を今まで何度も見た。
 けれど、違う。
 雛が今まで見せていた能力は全力ではなかったのだ。優が見ていたのは、必要最低限の力を行使する場面だった。
 扉を壊した充に従う存在よりも、雛の方が強い。そして、雛が『絶対に勝てない』と言った翔はただ腕を振っただけで爆発を引き起こしていた。特に能力を込めた様子もなく、ただ腕を横に振った。その行動だけで、誰よりも周囲に被害を及ぼした。それを理解して、優は純粋な恐怖を覚える。
 どこにでもいる青年に見える男は、強すぎる。限界が見えない。確かな強さを持ってると理解出来るが、それ以外は分からない。
「……っ、……」
 動けない彼に構う者はいなかった。彼以外の三人は自分が成すべきことをなし、その途中で他人を気に掛けることはなかったのだ。
「大丈夫ですか?」
 声を掛けられ、優は視線を動かす。いつの間にか隣に来ていたらしい女性に、憶えがあった。
「雛の精霊……?」
「ええ。主の命で、ここにいます。無理に何かをする必要はありませんよ。次期当主に押し付けていいんです。主も言ってましたけど、貴方はこちらに生まれたわけじゃないんですから」
「……」
 次期当主、と言われても誰のことか分からない。けれど、雛に従う存在がそう呼びそうなのは翔だけだ。従兄でもある、と言っていた彼女の顔を思い出し、優は背後を見た。
 そして驚愕を覚え、目を瞠る。
「何で……」
 足首の辺りまである水。床上浸水のようだと言っていたその場に、彼女は座り込んでいた。
 疲れて座り込むのではなく、崩折れるという方が近い。その隣に彼女がよく呼び出している精霊がいることに気付き、優は精霊に声を掛けた。
「いいのか、何かヤバそうだけど」
「大丈夫ですよ。翡翠が何とかします。それに、私に下された命は貴方の守護です。それを破ったらあとで怒られます」
 言い切った彼女の目には僅かな感情の揺れが浮かんでいた。出来ることなら傍に行きたい、そんな感情を隠しながら、彼女は微笑む。
「それと、私の名前は名草です。名前が分からないと呼びにくいでしょう?」
「……でも、放っといていいのか?」
 距離がある所為と、翔と充が揮う能力の所為で雛の声はほとんど聞こえないが、時折悲鳴が耳に届く。
 突風が吹き、犯人と対峙していた翔の肩が小さく跳ねる。同時に、呼び出されている精霊の内の三分の一程度の動きが鈍くなる。
 動きの鈍くなった精霊のほとんどが以前見たことがある精霊だと気付いた優は振り向き、雛を見る。
 一見しただけでは数分前とは何も変わらない。けれど、僅かな違和感を感じ、優は眉を寄せる。
 どこかが違う。何かが違う。けれど、それがはっきりしない。
 水の跳ねる音が響く。優の隣を翔が走り抜け、雛に声を掛ける。
 会話の内容までは聞こえないが、雛が首を振るのが見えた。翔がもう一度声を掛け、雛の肩が跳ねる。
 そこまで確認し、優は視線を正面に戻した。
 雛がどういう状態なのか、彼には分からない。ただ、ぼんやりと理解出来たことはある。
 すぐには、戻って来れない。翔にしても、すぐには戻って来れないだろう。
「……」
 拳を握る。隣にいる名草が首を傾げ、「どうしました?」と訊ねて来た。それに、優ははっきりと答える。
「異能者の家系に生まれてないからって、何もしないのは駄目だなって思っただけだ」
 握っていた拳を開く。そして、自身の内の能力に出現を命じる。
 炎で作られた龍。それは精霊や充を避けて女の元へ到達し、吼えた。
 



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