GAME 24




「なんだ、これ……」
 最初に口を開いたのは優だった。全員が言葉を失った中、彼は小さく呟く。
「外から見たらただのビルだったよな……?」
 外から見ると、ただのビルだった。けれど、その中は違った。
 ただのビルではないと思わせる光景が広がっていたのだ。
 本来床であるはずの場所には足首の辺りまで水が広がり、壁も淡く輝いていた。
「……とりあえず、この壁は壁だな。光ってるだけだろ」
「そういう問題なのか?」
「あとは床上浸水してるだけだと思えば普通だろ」
 翔と充の会話を聞き流しながら、雛は足元の水に手を浸す。
「あ、冷たい」
「冷たい、じゃないだろ」
「それ以外は普通かなぁ。床上浸水してるだけって言い聞かせればそんなに気にならないでしょ?」
 それを聞いた優が額を押さえる。そして、「お前、あのひとの親戚なんだな。言ってることが一緒だ」と呟いた。
「とりあえず、進むか。誰が先頭で行く?」
 充の問いに手を拭いていた雛は「土師さん」と返した。その言葉に彼は目を瞠る。
「俺かよ。じゃあ、その次は雛の知り合いな。んで、最後が雛と翔」
 言われた順番で歩きながら、雛は隣の翔に声を掛けた。
「犯人が誰か分かったって言ってたけど、誰だったの?」
「名前は聞いてないな。まぁ、俺たちは犯人を見つけて事件を止めればいいんだ。気にしても意味ないだろ」
「相変わらず適当」
「聞いても忘れるからな。充、犯人の能力とか分かったのか?」
 その問いに先頭を歩いていた充は「分かったぞー」と答える。
「お前や雛と一緒だ」
「答えになってないぞ」
「土師さん、私たちと一緒ってどれ?」
「人外を呼び出して使役する。そういう能力を持ってるらしい」
 その言葉に翔の眉が寄る。そのまま考え始めた彼の隣で、雛は首を傾げる。
 人外を呼び出し使役する。それは、雛たちと同じ能力であると同時に、充たちとも同じ能力のはずだ。
 陰陽師の家系に生まれた充は妖怪を従えることも出来たはずなのだから。
「土師さん、犯人って土師さんとも一緒じゃないの?」
「俺は人外を呼び出せないからな。土師家は別だ」
「でも、昔呼び出してなかった?」
 八年ぐらい前に彼が『何か』を呼び出すところを見たことがある。あれは違うのかと問うと「アレは呼び出したって言っても種類が違うんだ」と返される。
「あの時のは逃がした奴に印を付けといたんだ。その印を元に引き摺り出しただけで、お前らみたいに異界から召喚することは出来ない」
「そうなんだ」
「そういえば俺、誰が誰だか分からない」
 唐突に、優が口を開く。その言葉に雛は「あ、説明してなかった」と呟くと隣にいた翔を指差す。
「とりあえず、これが翔。師匠兼従兄。で、一番前を歩いてるのが土師さん。翔の知り合い。で、土師さんと翔に向かって言うけどこっちは葛城優。異能者」
「適当な説明だな」
「理解出来たらそれでよくない?」
「まぁ、理解出来たけどさ」
 優が溜息を吐く。再び前を向いた彼は小さく拳を握ったのが雛にも見えた。
 もしかしたら能力を使わなければならないかもしれない。そう考え、僅かな躊躇いを感じているのだろうなと彼女は考える。
 今までずっと、能力を隠して生活してきたのだ。制御して押さえ込み、ひとに向けて使ったこともないはずだ。
 ひとだけではなく、何に向けても使うことなく過ごしてきたはずだ。だから、使わなければならないと考えると逃げたくなる。能力を使って、何か起きたら。何も起きないだろうがもし何か起きたらと考えると能力を使いたくないと思う。そんな風に考えるのは、優のような異能者ならば当然だ。
 だから、雛は彼に声を掛ける。
「多分だけど、優が能力を使わなきゃ駄目なことにはならないと思うよ? その前に、土師さんとか頑張ってくれるだろうし」
「……雛は頑張らないのか?」
「頑張るけど、私は未熟者だから。もしかしたら自分の能力が制御出来なくて役立たずかもしれない」 
「そっか」
「でも、頑張るから優が手伝わないと駄目ってことにはならないよ。元々、優はこっちのひとじゃないんだし」 
 雛や翔、充は異能者の家系に生まれ育った。最初から能力を受け入れ、当然の物と認識してきたのだ。
 だから、異能を家系で維持してきた者たちは犯人を捜さなければならないと思って行動を始めた。
 その結果である今日の騒動に、異能者の家系に生まれず、偶然能力を持ってしまった優を巻き込むようなことにしたくない。少なくとも、雛はそう思う。
 歩いていると、不意に目の前に扉が現れた。それを見て、彼女は呟く。
「もしかして、あのビルの扉って変なところに繋がってた? それでここに来ちゃったとか」
「さぁな。充、開けれるか?」
「一人じゃ無理だな。翔と優も手伝え」
 溜息を吐いた翔と優が充の隣に並び、巨大な扉を押す。石材のように見えるその扉は男性三人で押してもびくともしない。
「……雛、お前精霊呼べ」
「何人?」
「翡翠と昂、あと玲と常盤と菊」
 翔の言葉に従い、雛は五体の精霊を呼び出す。それぞれの態度で礼を取った彼らは状況を見て首を傾げる。
「主、どういう用件で呼び出したのかさっぱり分からんのだが……」
 菊の言葉に雛は「翔が呼び出せって言ったの」と答え、翔を見る。
「どうするの?」
「簡単だ。お前らも押すの手伝え」
「了解した」
 精霊五体と男性三人、合計八人で押してもびくともしない扉を前に、全員の心が折れかける。
「……もう壊すか」
「だな。雛と優は下がっとけ」
 充の言葉に従い、二人は扉から距離を取る。二人が離れたことを確認し、充は自身に従う存在を呼び出し、その能力を開放させた。
 轟音が響く。飛んできた破片を避けながら、雛は「壊れたー?」と尋ねる。
「壊れたぞ、一応」
 破片を踏まないように気を付けながら、四人は進む。雛は扉が壊れたことを確認してから精霊たちに「戻っていいよ」と声を掛けた。
 主の承諾を受け、五体の精霊が傍に控える。姿を見せないだけで彼女に従う精霊は常に近くにいる。名草だけは自宅に残っているが、声を掛ければ他の精霊と同じようにすぐに来るだろう。
(名草を呼ばないと駄目な状況になることなんてないだろうし、大丈夫かな)
 二十五の精霊の中で一番強い防御の力を持つ名草を呼ばなければならない状況に陥ることはほとんどない。それに、今回は雛だけではなく充や翔もいる。
 わざわざ名草を呼び出し、彼女の防御に頼らなければならない状況にはならないはずだ。
 不意に、充が足を止める。先頭にいた彼が足を止めたことで後続の三人も同じ様に足を止める。
 急に足を止めた理由が分からず、雛は背伸びする。後ろにいた彼女には部屋の中がどうなっているのか分からない。
 足を止めた理由が分かったのは、四人の内の誰でもない声が響いたからだ。
「私の空間にようこそ」
 二十代前半の女だと分かる声。その声が言葉を紡ぐ。
「意外と遅かったわね。それもこれも、柚木がサボってたから? それとも、土師がのんびりしてたから? あぁ、成瀬が逃げてたからって可能性もあるわね」
 女の言葉に雛たち三人はほんの一瞬息を呑む。女の口から出た名前は異能者の家系の物だ。それも、雛たち三人の苗字を当てた。
「……こっちで生まれ育ったってのは当たってたんだな」
「土師さん、信用してなかったの?」
「いや、半信半疑だった」
 あっさりと告げられ、雛は「疑ってたってことじゃない」と呟く。
 それを見ながら、女はくすくすと笑う。
「随分と余裕なのね。私なんて格下だと思ってるのかしら? それとも、よっぽど自分たちの能力に自信があるの?」
 女の問いには誰も答えなかった。ただ、ゆっくりと準備をする。
「いちいち質問に答えるのは面倒だからな。あとでゆっくりと話し合うほうがよっぽど楽だろう」
 翔が告げた言葉に女が嗤う。深い茶の髪を払い除けた彼女は右手を伸ばす。
「私に勝てると思ってるならやってみればいいわ」
 その言葉が合図だった。四人と、女。数で見れば圧倒的に有利な雛たちが攻撃を加える。
 響く轟音の中で、女が嗤った。  



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