合流、変転 21




「そもそも雛はどこまで情報持ってるんだ?」
 翔の家のリビングに着いた途端掛けられた言葉に、雛は「あんまり持ってない」と返した。
 翔や充と違い、雛は詳しい情報を集めることすら困難だったのだ。集めれる情報は大抵が噂であり、真実などないに等しい。
「私が持ってる情報なんて、多分二人も知ってると思う」
「まぁ、言ってみろ」
「犯人は女性で、異能者の家系で育ったひと」
 紅茶にミルクを入れ、ストローでかき混ぜながら告げると翔と充が僅かに目を瞠る。
「それ、確証はあるのか?」
「私が異能者だって断定してた。それに、私の能力のことも知ってた」
 雛を異能者だと断定するだけであれば、異能者である誰にでも可能だ。だが、能力のことは異能者の家系で生まれ育った者しか知らない。
 能力のことを被害者である後天的な異能者に伝えていたのだから、必然的に犯人は異能者の家系で生まれ育ったことになるのだが、それに僅かな疑問が残る。
「犯人の年齢、二十代って言われてるけど、合わないよね。他人に能力を与えるなんて無茶が二十代で出来るはずがないし、そんなことしようとも思わないはずだし」
「思った馬鹿がいるからこういう事態になってるんだがな。まぁ、若すぎるのは事実だな。充、何か情報ないのか?」
「犯人を特定するような情報はない。あるのは、犯人の周りの情報だな」
 充の言葉に雛と翔は眉を寄せる。そして、先に口を開いたのは翔だった。
「周りの情報って何だ?」
「周りって言うか、大体の行動範囲だな。異能者事件ってこの辺でしか起きてないだろ?その中でも被害が集中してる所があるんだが……そこに昔から存在している家があるんだ」
「そこが怪しいってことか?」
「まぁ、そうなるな」
 翔の言葉に頷いた充は近くにあった紙に大雑把な地図を描き始める。数分も掛からずに出来たそれに、雛は僅かな違和感を覚える。
「土師さん、これ……駅の近くじゃない?」
「ああ、その辺りだ」
「土師さん、この辺り、普通だよ?」 
「でも、変なんだよ、ここ」
 その言葉に雛は眉を寄せた。訝しみながら充に問う。
「……どう変なの?」 
「でかい屋敷があるんだ。そこに、異能者が住んでる」
「本当にいるの?」
「少なくとも、記録にはそう残ってる」
「でも、この近くに家があるなんて聞いたことないよ?」
 昔から存在する家はある程度名前も広まっている。それと同時に、どこを拠点にしているかも伝わる。
 なのに、今までそこに家があると聞いたことは一度もない。昔から存在する家はたとえほとんど能力が残っていなくてもどこにあるかは知識として叩き込まれる。
 全く聞いたことがない昔から存在する家などありえないのではないかと疑う。
「まぁ、おかしいよな。お前と翔が知らないうえに、俺も知らなかった。たとえ全く違う分野でも、どこにどの家があるかは叩き込まれるはずなのに」
「何で知ったんだ、お前」
「蔵の奥にあった埃被ってた古い本を引っ張り出してきた。あとは自力」
「蔵ぐらい掃除しろ。で? そこの苗字は?」
 翔の問いに充は「古い本だから信用出来ないぞ」と前置きした上で「一条だった」と告げる。
 一条、と小さく呟いた雛は僅かな違和感を覚え、すぐにその理由に気付く。
 成瀬と同じ、柚木の分家の一つに一条が存在するのだ。
「一条って、多いのかな」
「そうなんじゃないか? 流石にこっちの一条は別だろうし」
「だよね。こっちの一条ってずっと屋敷変えてないし」
 それだけではなく、後天的な異能者に与えられた能力を持つ者は分家の一条家に存在しない。それはそのまま、犯人たちが一条家の人間という可能性を否定する。
「でも、古い本ってどれぐらい古いの?」
「さぁ? かなり古かったが……流石に年代を特定するのは無理だな。そっちは向いてない」
「微妙に役に立ってないな。古い本だったらもう『一条』じゃなくなってる可能性の方が高いし、その屋敷に住んでるのが本当に異能者かどうかすら怪しくなるだろ」
 翔の呟きに充はひらひらと手を振り、「住んでるのは異能者だった。確認してきたし」と返す。
「でも、昔一条だった家がどんな能力を持ってたかは書いてなかったから、そこは全く分からないぞ」
「土師さん、役に立ってない。古い本からの情報で、その上どんな能力だったのかも書いてなかったら意味ない」
「本書いた奴に言ってくれ。その文句」
 その言葉に雛は「凄い古い本なんて書いたひとももういないでしょ」と返し、がっくりと肩を落とす。
 情報が手に入ったといっても、意味のない情報に近い。いつの物か分からない本に書かれていた情報など、無意味だといっても間違っていない。
「情報持ってる奴がいれば何の問題もないだろ。二百年近く昔の情報持ってる奴がいれば」
「そんなひといるわけないでしょ」
 二百年以上前の情報を持っている者など存在するわけがない。人間の寿命はそこまで長くないのだ。
「…………いたな、二百年以上前の情報持ってる奴」
 黙りこんでいた翔が呟いた言葉に、雛は首を傾げる。同じように、充も「そんな奴いたか?」と尋ねる。
「いた。忘れてたのが不思議なぐらいに、身近に」
「身近……?」
 身近にいると言われても、さっぱり分からない。ますます分からなくなった雛は「そんなひと、いた……?」と呟く。
 その呟きに答えたのは翔でも充でもなかった。二人のどちらでもない声が小さく響く。
「いるよ、古い情報も持ってる奴等」 
 傍に控えていた九の精霊の内、翡翠だけが姿を表す。彼は翔に「一日ぶりだね、次期当主様」と嫌味を込めて言うと、きょとんとしている雛に答えを告げる。
「翔が言ってるの、俺たちだよ。眠ってて情報持ってない奴もいるけど、二十五もいるんだ。一つぐらいはあるよ」
「…………そっか、翡翠たちって長生きだもんね。忘れてた」
 翡翠たち精霊がひとではない存在だと理解しているが、時折それを忘れそうになる。
 けれど、彼らは人間ではない。ひとの寿命とは比べ物にならない時間を過ごしているのだ。
 だからこそ、数百年も昔の情報も持っている。それを使って情報を得ようとしていることに気付き、雛は翔を見上げる。
「二百年ぐらい前って、誰がいた?」
「名草と玲、露草と昂……、あとは紫苑か?」
 翔の呟きに翡翠が頷く。
「大体それで合ってるよ、俺は寝てたから何の情報も持ってないけど」
「翡翠、寝てたの?」
「雛みたいに最初から俺を従えようって思う奴の方が少ないからね。まぁ、雛の場合は翔が決めたけど」
 翔が決めた、という言葉に雛は眉を寄せる。
 彼女が継いだ十の精霊、そのほとんどは翔が決めた。彼は防御に長けている精霊の大部分を雛に継がせ、自分は攻撃に長けた精霊を継いだ。
 暴走するかもしれないと恐れられていた雛に防御に秀でた精霊を継がせ、暴走しても害がないようにしたのだ。
 そして、もし翔が暴走しても、防御に秀でた精霊たちに頼ることでどちらも死なないようにした。
 精霊たちは、主の命令に絶対服従ではない。ある程度の自由があるからこそ、翔は攻撃に長けた精霊を継いだはずだ。
 彼らは、状況を見て判断する。主の意志よりも、状況に応じた行動を優先する。だから、たとえ暴走しても何とかなると判断したはずだ。
「…………矛盾してる」
 小さく呟くと、翡翠が首を傾げる。
「何が?」
「私が継いだ精霊と、翔が継いだ精霊のこと」
 雛が暴走すれば、翔が止めることになる。間に存在する実力差のことを考えると、彼が雛を止めるのは簡単だ。
 けれど、翔が暴走して雛がそれを止めるとなると、難易度は何倍にも跳ね上がる。
 歴代二位と三位と言えば、それほど実力が変わらないように聞こえる。だが、実際は雛の方が大きく劣るのだ。
 自身の能力を制御出来ないだけで、勝てる可能性は下がる。その上、彼女と翔の間には六年もの差がある。その間に培われた経験などを足すと、雛が暴走した翔を止めれる可能性などほとんどないのだ。
 実際に暴走することなどない。そう考えて精霊の割り振りを決めたとしても、雛は防御に、翔は攻撃に偏りすぎている。
 それを指摘すると、翔は「わざと偏らせたからな」と呟く。
「俺が暴走するにしても、お前が暴走するにしても、お前の防御が出来てないと意味がないだろうが」
「まるで、私が防御下手みたいな言い方だよね、それ」
「まぁ、その話は置いとけ。情報持ってる精霊、呼び出さないのか?」
 充の言葉で雛は「あ、忘れるとこだった」と言うとすぐに四体の精霊を呼び出す。
 いつもと同じように現れた四体はそれぞれの態度で礼を取る。その中で、一番最初に口を開いたのは昂だ。
「命令は?」
「昔のこと聞きたいんだけど、いい?」
 その言葉に昂は眉を寄せた。「どれぐらい昔だ?」と問い、室内に翔がいることに気付くと「一日振りだな、次期当主」と告げる。
「次期当主がいるということは、事件のことか?」
 昂の問いに、雛は頷く。
「うん。二百年ぐらい前に一条って家があったんだけど、どんな能力を持ってたか分かる?」
「この近所か?」
「うん」
 沈黙が訪れる。精霊にとっても、二百年前は既に遠い過去なのだろう。それを思い出すのに時間が掛かるのは当然であり、三人もそれほど気にせず彼が口を開くのを待つ。
「思い出せないな。名草は?」
「全く思い出せないですね。名前を聞いたことはありますけど、それだけです」
 他の二体も同じように覚えていないと言った。最後に尋ねた紫苑も、同じように首を振る。
「当時の主から名前を聞いたことはあるが、それだけだ」
「結局、意味ないな」
「土師さんに言われたくない」
 そう呟き、雛は眉を寄せる。
 二百年以上前だから、情報がなくても仕方ないのだろう。けれど、名前以外の情報が全くないのが奇妙だ。
「土師さん、その本って今持ってる?」
「持ってない。気になるのか?」
「うん。その本ってどんな内容だったの?」
「普通の日記。報告書の纏めも兼ねてたな」
 不意に、翡翠が雛の眉間を突付く。いきなりのことに目を丸くした雛に対し、彼は一言告げる。
「眉間の皺、固定されるよ」
「え、それはやだ」
「じゃあ、寄せるの止めたほうがいいよ。何か考えてるとすぐ寄ってるから」
「そんなに寄ってた?」
 小さく呟くと、翡翠を含めた四体の精霊が頷く。そして、名草が苦笑する。
「考えるのは結構ですけど、別のことも考えませんか?」
「別のこと?」
 首を傾げると、「脱落者のことです」と名草が微笑む。 
 微笑んだ彼女は雛から視線を動かし、翔を見る。常に穏やかな彼女は「次期当主もご存知でしょうけど、私たちには情報がないんです」と告げる。
「それで?」
「情報をください。ないって言っても、吐かせますよ?」
「って言われてもな。さっきの話で大体分かるだろ。俺たちも犯人については情報がない」
 あるのは、二十代の女性、そして異能者であるという情報だけだ。 
 不自然なほど情報が手に入らない。それは本家と繋がったままの翔でも変わらなかった。
「そっちじゃなくて、脱落者の方です」
 眉を寄せた翔を見上げながら、名草は言葉を紡ぐ。 
「後天的な異能者が能力を取り上げられ、その結果どうなったか……情報、持ってませんか?」
「普通に生活してる、って情報しかないな。充は?」
「俺も同じだ。精々、多少大人しくなったぐらいだろ」
「では、負けた異能者については?」
 後天的な異能者から能力を取り上げようとした異能者の中には、負けた者も存在する。
 能力を取り上げようとして失敗し、その末に怪我を負った者や、もっと単純に数人の後天的な異能者に負けた者。
 そういった者がどうなったか、名草が欲しているのはそういう情報だ。
「自宅謹慎とか、そんな感じだろ。急にどうしたんだ?」
「いえ、何となくです。あとは、主がちょっとやらかしたので」
 名草の言葉に雛の肩が跳ねる。それに気付いた翔は「何をやったんだ?」と名草に問う。
「私も詳しく知らないんですけど、一昨日の夜に、ちょっと制御に失敗したらしくて、その時に異能者を巻き込んだらしいんです」
 雛自身が『誰かを巻き込んだ』と断言したわけではないが、精霊たちはおそらく巻き込んだのだろうと判断している。
 そうでなければ、主である雛が暴走するわけがない。彼女自身が制御出来なくなるのは、極端に感情が動いた時だ。
 そして、一番制御を離れやすいのが『怒り』だということも、精霊たちは理解している。
「一昨日の夜……」
「翔、あれじゃないか? 宮森が大怪我した……」
「…………雛、お前、巻き込んだ相手の特徴、憶えてるか?」
 充の一言で嫌そうな顔をした翔は雛に向かってそう問う。出来れば誤魔化したいと感じながらも、問われた彼女は記憶に残っていることを告げる。
「多分、翔と同じぐらいの歳だと思う。茶髪で、火を使ってた。女のひとだったけど……」
 最後の一言に翔と充が同時に溜息を吐く。二人は額を押さえ、それぞれ呟く。
「あいつ、何で雛にちょっかい掛けたんだ……。普通に考えて負けるだろ」
「その所為で俺は安眠を妨害されたんだと思うとかなりむかつくぞ」
「……もしかして、翔と土師さんの知り合いだったの?」
 念の為に問うと、深く頷かれる。
「まぁ、お前が暴走して、その時に巻き込まれたのがあいつだったから見つけれたんだが……自業自得だな、本当に」
「自業自得って言うか、アホだろ」
 充の言葉に、翔が溜息を吐く。一気に疲れたように見える彼に対し、名草が「元気出してください」と声を掛ける。
「まぁ、宮森のことは置いとけ。あの後紫苑に治療を頼んだから無事だ。情報がほとんどないのは充に何とかしてもらって、何か情報入ったら連絡する」
「自宅? 携帯?」
「好きなほうでいいぞ。ついでに住所を言うとお前の家まで行く」
「じゃあ携帯。住所は絶対に言わない」
 鞄の中に入れていたメモ用紙に電話番号を書き、翔に渡す。
「土師さん、がんばって情報探してね。私、そろそろ帰る」
「期待するなよ」
「うん。じゃあ、また今度」
 鞄を持ち、玄関に向かう。その途中で「送ってやろうか?」と翔に声を掛けられるが、雛は首を振った。
「暗くないからいい」
「気を付けて帰れよ」
「分かってる」

 扉を閉める音が響き、充は小さく呟いた。
「意外と嫌われてないんだな、お前」
「いや、会った時泣かれた。雛も雛で自分が悪いって思ってたみたいだからな」  
 そう告げ、翔は「まぁ、意外とマシだったけどな」と呟く。
 嫌われていても、おかしくない。四年の間に嫌われていてもおかしくはなかったのだ。
 そうならなかったのは雛が甘えを排除しようとしたからだろう。
「精霊に頼っても、俺には頼ろうとしないしな」
「普通は逆だろ。と言うか精霊に頼るのか? 協力じゃなくて」
「あいつの場合は頼るだな。まぁ、その辺が未熟者の証拠だろ」
 雛は精霊に頼ることが多い。彼らの能力を最大限に活かせず、常に力任せに解決している。その場に応じた判断が出来ず、結果的に柔軟な対応が出来ないのだ。
「基準が厳しくないか? あれでも充分優秀だろ」
「優秀だろうが何だろうが暴走する可能性があるなら未熟者だ。ついでに言うと、基準にしてるのは十六の時の俺」
「その基準が間違ってるだろ。お前を基準にしたら誰でも未熟者だ。お前の弟二人もな」
 基準が間違っていると指摘されても、翔は顔色一つ変えずに「それでも、雛は未熟者だ」と呟く。
「俺が言いたいのは全体じゃなくて制御だ。あいつの暴走の原因は大抵が制御出来てないからだしな」
「……確かに、そこは未熟者だろうな。でも、全体で見れば優秀だろ」
「いや、優秀と未熟の間をうろうろしてる」
 どこに基準にするか、それによって雛の評価は変わる。
 彼女の能力を全体的に見れば、優秀と言っても問題はない。だが、制御に限定すると未熟と言うしかない。判断力にしても、未熟者の部類だ。
「厳しすぎるだろ、お前」
「いや、普通。親父なんかもっと酷かったしな。それに比べると甘いぞ」
「やっぱ基準が変だろ」
 呆れたように言われ、翔はもう一度「普通だ」と告げた。  



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