合流、変転 20




 前日の会話を思い出して、雛は眉を寄せた。そして、腕時計を見ながら呟く。
「もう一時回ってる」
 昼前に集合と決めた方が遅刻してどうするのだ。しかも一時間以上も遅れている。
 溜息を吐きながら紙コップの中の紅茶にシロップとミルクを入れて、それをストローでかき混ぜる。
 駅前で待っていても暑いから近くにあったファストフード店に入って待つことにしたのだが、よくよく考えるとそれを伝えることすら出来ない。
「誰かに捜してもらった方が早いかな……」
 小さく呟き、その場合は常盤に頼むのがいいだろうか、と思案していると影が差す。
 顔を上げた雛は「遅い」と呟くとミルクティーを飲む。そして、もう一度「物凄く遅い」と告げた。
「悪い、色々あった」
「まぁ、いいけど」
 ミルクティーを飲みながら「お昼食べた?」と訊くと「お前はどうなんだ」と返される。それに「食べた」と返し、雛は席を立つ。
「で? どうするの?」
「話を聞かれる可能性のないところに行くか」
「そんな場所あった?」
 空になった紙コップを捨て、店を出る。じりじりとした暑さにうんざりしながら、雛は「何で遅れたの?」と訊く。
「……色々あったんだ」
「そう。土師さんが原因なんだ」
「何でそこで充が出てくるんだ」
「だって、昔そう言った時の原因も土師さんだったし、あそこに土師さんがいるよ」
 指で示すと、翔は嫌そうに顔を歪めた。そして、充に声を掛ける。
「何でいるんだ、お前」
「どうせ二人で情報交換だろ? なら三人分交換した方が得だと思っただけだ」
「情報、あるのか?」
「一時間前に手に入れたばかりの情報が」
「ならいいか。俺の家でいいか?」
 翔の言葉に充は頷く。同じように頷きかけた雛ははっとして「翔の家ってどの辺り?」と問う。
 問われた翔はすぐに一つの地名を告げる。それを聞いた雛は暫く悩んだ末に「そんなに遠くないから大丈夫」と返す。
「遠いと駄目なのか?」
 充に問われ、雛は「遅くなる前に帰るって名草に言ったから」と呟く。
 基本的に精霊は雛の近くにいるか、自由にしているのだが、名草だけは常に自宅に残っている。
 数日前まではその理由が『見つからないように結界を維持する為』だったのだが、自宅の結界の維持を止めた今は名草も好きにしている。
 一応、結界を維持する必要はなくなったから残っていなくてもいいと言ったが、名草自身に「いたいからいるんですよ」と返され、結局彼女だけは自宅に残っているのだ。
「時々思うんだが、お前らのとこの精霊って二十五体だろ? それ呼び出した始祖って人間なのか?」
 充の言葉に雛は「名草とかが言うには人間」と返し、翔は「人間だったはずだ。記録には残ってないが」と返す。
 彼女たちですら疑問視することを一族外の人間に問われても、はっきりとした答えは返せない。だからこそ曖昧な答えになるのだが、充は特に気にすることなく「凄い人間だったんだな、そいつ」と呟いた。
「そういえば始祖って名前は記録に残ってないのか?」
 充の言葉を聞き、雛は翔を見上げる。彼女には始祖の名前を見た記憶などない。
 本家の嫡男である翔ならば、もしかしたら始祖の名前を見たことはあるのではないかと思って見上げていると「残ってないな」と告げる声がやけに大きく聞こえた。
「多分、残す必要もないって思ったんだろ。精霊の正体すら気にしない男が自分の名前を記録に残そうと思うわけがない」
「適当だな、柚木家」
「お前の家も始祖の名前とか残ってないだろうが。それと同じだ」
「まぁ、残ってないな。雛も気にしたことなかったのか?」
 問われ、雛は頷いた。そして、「気にならなかったから」と呟く。
 彼女だけではなく、一族のほとんどが始祖の名前を気にしない。記録に残っていなくてもそういうものだと受け入れている。
 だから、精霊たちが本来『精霊』と呼ばれるような存在でないかもしれないということも考えず、その正体を知ろうとも思わない。 
「凄いひとだけど昔のひとだし、名前が残ってないことよりも本当に人間だったのかが気になるから、名前は気にしたことないよ」
「二十五も呼び出したのか、面倒だから二十五しか呼び出さなかったのか、その辺の方が気になるよな、普通は」
 翔の言葉に頷いていると充が「いや、普通そこは気にならないだろ」と突っ込んだ。だが、雛と翔は「そっちの方が気になる」と返す。
「一人で呼び出したっていうのも怪しいよね、強すぎるし」
「普通は無理だよな、二十五体。俺と雛の限界を足して二十ぐらいだし、実は始祖は人間じゃなかったって言われた方が納得出来る」
 その言葉に、雛は頷いた。  



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