疑念、信頼、再会 17




 会議は、四時間もすれば終わった。長いと取るか短いと取るかはひとによる長さだが、翔にとっては短い時間だった。
 土師に会釈してから部屋を出て、玄関へ向かう。途中ですれ違った他家の当主たちにも会釈しながら、翔は土師家を出た。
「…………」
 時計を見る。既に七時を回っているのだから、おそらく弟は帰って来ているだろう。夕飯の心配をする必要もない。さっさと帰ればいいだけだ。
 そう思って歩く翔の背に、声が掛かる。
「柚木さん、少しいいですか?」
 振り向くと、相良の三男がいた。敵意を隠していない彼を見ながら、「何だ?」と問う。
「言っておくが、さっさと帰りたいんだ。長くなるなら止めてくれ」
「大丈夫ですよ、すぐ済みます」
 そうか、と呟いて彼を見る。その視線に一瞬、相良が怯んだ。怯んだ男を見て、翔は小さく溜息を吐く。
 異能者であれば、ただ立っているだけの翔に怯える。意識して能力を抑えなければ、異能者であれ一般人であれ彼の気配に怯える。
 歴代二位と呼ばれ、一位より大きく劣る自分がこうなのだ。始祖であった男は、一体どれほどの能力を持っていたのだと問いたい。
 けれど、問うたとしても精霊以外は誰も答えを返してくれないだろう。それぐらい、遠い昔に存在したひとなのだ。
 そう考え、頭を振る。翔が抱く疑問は、一定以上の能力を持った柚木の異能者ならば誰もが抱く疑問だ。同時に、考え続けても答えの出ない問いでもある。考えるだけ時間の無駄だ。
「何の用だ?」
 もう一度問う。無駄な話なら、最後まで聞かずに帰る、そう決めていることを知ってか知らずか、相良は「成瀬さんのことです」と告げる。
 成瀬、その響きに眉を寄せる。おそらく、相良が言っているのは雛のことだろう。それ以外に、翔を引き止める話題として使える人間はいない。
「あいつがどうかしたのか?」
「彼女はこの騒ぎには関わってないって断言してましたけど、証拠があるんですか?」
「そんな器用なことが出来る人間じゃない。それが理由だ。そもそも、どうしてお前があいつを気にする?」
 翔の問いに相良が一瞬だけ息を呑んだ。聞かれるとは思っていなかったことを聞かれ、息を呑む姿を見ながら翔は言葉を重ねる。
「成瀬雛はこっちの人間だ。相良や土師には何の関係もない。なのに、気にしすぎじゃないか? あいつの行動でお前が困るわけでもないだろう」
 彼女の行動で困る者がいるのなら、それは翔たち柚木の人間だ。彼女と血の繋がりを持ち、同質の能力を持った者のみが彼女の行動に左右される。
 だというのに、成瀬雛と全く関係のない相良が彼女の名前を口に出す。それが、翔の中で違和感になる。
「相良、お前何を考えている?」
 問う、それだけの行動で相手を追い詰める。それが出来るのはただそこにいるだけで威圧感を放つ者だけだろう。そして翔は、それに当たる。
 それ故に、相良は息を呑む。答えを求められていることは分かる。けれど声が出ない。翔の機嫌を損ねる前に答えなければならない、そう思った彼は上ずった声で告げる。
「ど、どう見ても怪しいだろ、成瀬雛は。ここ数年、どこにも名前が出ていない。学生だということを抜きにしても、隠れているとしか思えない! それは、この騒ぎに裏から関わっているからじゃないのか!」
 相良の言葉に翔は小さく溜息を吐き、他人には聞こえないような小声で「面倒臭いな」と呟く。
 雛が家を出て、翔から隠れていることは他人から見れば騒ぎに裏から関わっているから出てこない、そんな風に見えるとは思っていなかった。同じように、雛もそう思っているだろう。彼女はただ『会いたくない』だけだ。その結果、出来る限り表に出てこない。どこにでもいるただの学生として過ごしているはずだ。
 十年以上彼女を見ていたのだ。何を考えて行動しているかぐらいは読める。もっとも、そんなことを彼女の前で口にすれば間違いなく嫌がられるが。
「あいつはこの騒ぎに関わっていない。もし関わっていたとしても、俺たちと同じ様に後天的な異能者をどうにかしようとする側だ。裏から関わることはない」
 本人がいない場で断言する。それを繰り返した翔に、相良が引き攣れたような声で問う。
「本当に、そうなんですか? どこかに、証拠でも?」
 どうせ、証拠などない。そんな彼の考えが透ける声に、翔は薄い笑いを浮かべる。そして、はっきりと告げた。
「俺は、成瀬雛の師だからな。あいつの考えが読めるのは当たり前だ」    



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