疑念、信頼、再会 15
夜になれば、『後天的な異能者』が行動を起こす。その対処の為に、異能者たちも動く。そうして、昼とは違う一面を見せる者が歩く。
その中の一人であり、通行人に混じって道を歩いていた翔は不意に足を止めた。携帯が友人からの着信を告げる。
「充? 何の用だ?」
『面白い奴に会ったんだ。お前もびっくりするぞ』
十年以上友人である男の言葉に翔は眉を寄せる。立ち止まっていても通行の邪魔になると思い、歩きながら「誰に会ったんだ?」と聞き返す。
『成瀬雛』
たった一言。名前だけを告げられ、翔は僅かに目を瞠る。
「ちょっと待て。それ、嘘じゃないんだよな?」
『わざわざ嘘言ってどうするんだよ。さっき偶然会ったんだ。どこに住んでるかまでは知らないけどな』
「どの辺で会ったんだ?」
充がしばらく沈黙した末に口にした地名は翔も知っている場所だった。そして、いるわけがないと見落としていた土地でもある。
「近所だ」
『アホだな。近所だからって見落とすなよ。どういう捜し方してんだ』
「あいつの気配がさっぱり掴めないんだから仕方ないだろ。しかも、近所だったら迅もいるから分かりにくい」
『自分の弟の所為にするなよ。お前の捜し方が悪いんだろうが』
「まぁ、九割は俺が悪いな」
前髪を掻きあげ、溜息を吐く。
近所にいるという可能性など、全く考えていなかった。もしかしたら、彼女の方も近所にいることを知らないかもしれない。
『お前、昔何したんだ? 殴られたくないから言うなって言ってたぞ』
「殴ったことはないぞ? 叩いたことはあるけどな」
『あと、軽蔑されたくないって言ったな』
「何でそういう考えに繋がるんだ、あいつは……」
逃げ出したことを良しとしていないから、そういう考えになるのだろうか、と思う。
彼女は、能力だけを見れば強い。だが、精神も強いかと問われれば首を振るしかない。
ある意味では、確かに強いだろう。だが、冷酷に、冷徹になれない優しさを持っている彼女は、異能者としては弱い。
何かに憑依され、命を絶つしかない状況でも、彼女は手を下せない。命を絶ち、楽にすると言う行動を実行できない。
それを偽善と取るか、優しさと取るか。甘さと取るか、弱さと取るか。
個人によって、判断は違うだろう。だが、大多数を占めるのは彼女が脆いという意見だ。
「異能者に向いてないんだろうな、あいつ」
『だから逃げ出したってか?』
「少なくとも、俺はそう思う。下手に能力を持ちすぎたから逃げ出したんだろう」
幼い子供であるにもかかわらず精霊を従えた、歴代三位の能力を持って生まれた少女。やがて彼女に敵う者は一人を除いて誰もいなくなる。
強すぎる能力を持って生まれた雛に向けられたのは、嫉妬か恐れ。その二つだけだった。
だから、逃げ出した。能力だけならば強い彼女は、決して強くなかった。
『お前と違って、雛は分家の出だろう? その辺も関係してたんじゃないか?』
「どうだろうな。逃げ出すなら逃げ出すで、異能者であることすら否定していけばよかったんだが……」
精霊を従えたまま逃げ出した彼女の行動は、異能者であることを肯定しているとも、否定しているとも取れる。
その所為で、一族内でも彼女の扱いに悩むのだ。
異能者ではないただの少女として扱うべきなのか、強力な異能者として扱うか。その悩みの所為で、成瀬家の跡取りも空白のままだ。
『その辺まで考えて逃げろって言うのは無茶だろ。そんなことすら考えられなかったから、逃げ出したんじゃないか?』
「まぁ、そうだろうな。お前、殴られたくないから言うなって言われたんだよな?」
『言われたぞ』
「なのに、普通に言うんだな。誰の味方だ?」
『考えてないな、そういうの。今回は、このまま放っておくのが解決に繋がるとは思わなかったからな』
充の言葉に、翔は黙り込んだ。充も、雛のことは知っている。その上で、知らせた方がいいと判断したのだ。
判断した理由が何なのか、翔には分からない。ただ、理由になりそうな事柄は予想出来る。
「まだ、安定してなかったのか?」
『昔よりはちょっとマシだったけどな。精霊の結界があったから、お前が見つけられないんじゃないか?』
「……もしかして、精霊に捜させた方が早いのか?」
『何で最初からそうしなかったんだよ、お前』
「気付かなかったんだ」
雛の気配が掴めないと分かった時点で彼女の周囲に精霊が結界を張っている可能性を考えればよかったのだ。
紫苑も言っていたように、彼女が暴走しても周囲の被害を軽減する為に結界を張っている可能性は高い。その所為で彼女の能力の気配が掴めず、見つけられなくなっている。そういう考えに辿りつかなかったのが我ながら不思議だ。
『お前も相当焦ってたのか?』
「久しぶりに帰って来たらいなくなってるんだぞ? 多少は焦るだろ」
『もう四年も経ってるぞ』
「突っ込むな。もう切るぞ」
『ああ』
溜息を吐き、見落としていたことが多すぎると反省する。
雛の周囲に結界があるのなら、翔には見つけられないと決まっているようなものだ。
彼女に従う名草と翡翠、二体が織り成す結界は防げない物がほとんどない。彼女の気配が掴めなくて当然だ。
「紫苑」
「何だ?」
呼べば、即座に紫苑が現れる。翔は歩きながら小声で呟く。
「名草か翡翠が結界を張っている場所は分かるか?」
「時間が掛かってもよいのなら見つけれるぞ」
「なら、捜して来てくれ」
言葉ではなく、行動で了承が示される。再び姿を消した紫苑を見送り、翔は歩き出した。
近くに、後天的な異能者がいる。それを感じ取って、道を歩く。
昼間の生温さとは違う、どこか冷たい風が吹いた。その中に、人外独特の気配が混ざったことで彼は溜息を吐いた。
周囲に人影はない。その代わりのように、本来この場にいるはずがない獣が現れる。
「面倒だな、これは」
呟き、獣を見る。彼を囲むようにその場にいた獣たちは獲物を見つけた、という雰囲気で襲いかかってくる。
それを見ながら、翔は地面を踏む。ダンッ、と響いた音で獣たちの動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬で、彼は全てを終える。
「消えろ」
たった一言。ただそれだけで彼に近づこうとしていた獣は全て消え去った。残ったのは、それらを集めた者。
「何なのよ……っ、あんたっ」
どこかに隠れていたらしい女の声が耳に届く。その声を聞きながら、翔は彼女の居場所の見当を付ける。
「お前と違って『本物』の能力を持ってるだけだ」
言いながら歩き、逃げ出そうとした女の腕を掴んで女の中から能力を追い出す。
了承も何もなく、ただ抜き出される能力。それに気付いた女が顔色を変えても、翔は無視した。
「ちょっと待って!」
「要らないだろ、こんなの。その内死ぬぞ」
女が息を呑む。そんなの聞いてない、と言う言葉がかすれて消える。能力を追い出すと彼は溜息を吐いて女を近くのベンチに座らせ、その場を去った。
Copyright (C) 2010-2015 last evening All Rights Reserved.