異能者のありかた 06




 終わりだと告げると、少年の顔色が変わる。
 焦りが浮かんだその顔を見て、雛は溜息を吐く。
 理解していたつもりだった。彼らは、何も知らない。ただ、能力を与えられ、それを利用しているだけの被害者でもある。
 加害者に回っていたとしても、結局は被害者なのだ。
 だから、助けたいと思った。
 時間切れになる前に。まだ、助かる間に。

 右手を振る。
 白い手に集まっていた能力が少年の周囲で爆発し、彼の動きを止める。
 それは、純粋な暴力と大差がない。圧倒的な力で叩きのめす、ただそれだけの行為だ。
 違うのは、死人が出るか否か。怪我を負うか、否か。
 動けない少年の手首を掴み、奪い取る。
 自分の中から何かが抜け出していく、それを感じ取った少年は叫ぶ。
「何をする気だ!」
「いらないでしょ、こんな能力」
「お前が決めるな! 俺たちには必要なんだ!」
 少年が掴まれていた手を振る。単純な動作でバランスを崩した雛を突き飛ばし、彼は自身に与えられた能力を使う。
 龍となって襲い掛かる炎。ただの人間が見ればすぐに逃げ出すであろうそれに向かって、雛は手を伸ばす。
 能力を利用して生み出された物であったとしても、炎は炎だ。そんなものに触れれば火傷を負うことは避けられない。
 それを理解している少年は嗤い、結界を維持している翡翠は眉を寄せる。
 白い手、その指先に龍が吼える。それを見据え、雛は呟いた。
「散れ」
 たった一言。叫んだわけでもない、その小さすぎる呟きによって龍が消える。
 何も残さず消えた龍。それを呼び出した少年の顔が驚愕に染まり、次いで恐怖に染まった。
「嘘だろ……、何なんだよ、お前」
「ただの異能者よ、生まれつきの」
 逃げ出そうとする少年の手首を掴む。恐怖を感じたのか手を振り払おうとした彼の腕を放さないように握り、雛は能力を奪い取る。
 取るな、と叫んでいた少年も能力を奪われると気を失い、その身体を支えていた雛は不意にバランスを崩して転ぶ。
 足を払われたからだ、と理解すると同時に視界に影が差す。
「異能者さんよ、油断してんだろ? そいつだけだと思って」
「残念だったな、一人だけじゃねぇんだよ」
「そーそー。お前以外が全員仲間なんでね」
 三人の少年、その全員が『後天的な異能者』であることを主張し、雛は溜息を吐く。
 わざわざ自分から来てくれたのだから、探す手間が省けたと思うことにして、彼女は彼らを呼ぶ。
「昂、露草、紅葉」
 彼女に従う精霊の中でも攻撃に長けた三体は現出すると同時にそれぞれの態度で礼を取った。
 昂と紅葉は頭を下げ、露草は膝を折り、纏っていたスカートの裾を持ち上げる。
「命令を」
「異能者三人、まとめて気絶させて」
「承知した」
 一番最初に昂の返事が聞こえる。次いで、露草と紅葉の声。結界を維持していた翡翠は溜息を吐くと結界を強化する。
「雛、呼び出すならもうちょっと考えて」
「ごめん、面倒だったからつい」
「そういうとこばっか師匠に似てきたよね」
「似てない、似てない」
 右手を振って否定する。師に似てきたと言われても全く嬉しくない。
 昂が異能者三人を抱えて戻って来る。彼らから能力を奪い取り、雛は溜息を吐きながら命令を下す。
「この四人、どこかに置いて来て。あんまり風邪引きそうにないところに」
「どこでもいいのか?」
「うん」
 返事を聞いた昂が四人を抱えて消える。露草と紅葉も頭を下げ、消えた。
 翡翠は維持していた結界を崩し、雛に声を掛ける。
「で、どうだった?」
「四人分あるけど……壊そうか」
 雛の手に集まった能力は異質でしかないものだ。
 他人が与え、少年たちが使っていた能力。奪い取ったそれは球体となり、地面に落ちる。
 淡く輝く小さな玉。それをスニーカーの底が砕き、能力は闇に溶けた。
 異質な能力。それが消えたことを確認し、雛は何度目か分からない溜息を吐く。
「雛、幸せ逃げるよ」
「……逃げてもいいんだけどね。ちょっと疲れた」
 誰かが与えた能力は、爆弾付きだ。
 時間が経つと身体を蝕みだし、いずれ死へと至る。
 一度蝕まれてしまえば、その運命を覆すことは出来ない。
 雛が能力を奪った四人も、既に身体を蝕まれていた。能力が抜け、その侵食がなくなっても『蝕まれた』という事実は変わらない。
 彼らの寿命は既に縮み、戻って来ない。
「…………」
 出来ることは、何もないのだ。被害者だろうが加害者だろうが関係なく、ただ能力を取り上げるしか出来ない。それ以外には何も出来ない。
 何も出来ないのは分かりきっている。だから、何も出来ないと割り切る。
 出来ないことは出来ない。それをいつまでも気にしていても、何の意味もない。その言葉を思い出し、彼女は不意に違和感を感じた。
「……あれ? 誰が言ったんだっけ?」
「何が?」
「出来ないことは出来ないから諦めろ」
「あぁ、翔が言ってた」
「…………影響受けすぎてるかもしれない」
 今更のように頭を抱える。幼い頃、修行を始めとして色々と関わりのあった男の発言を未だに憶えているのが逆に悔しい。
 忘れてもいいはずだ。十年以上前の記憶、五歳よりも前の記憶など。
「まぁ、下手に記憶力がよかったんじゃないの?」
「こんな記憶ならいらない。忘れたい」
「無理だって。諦めたら?」
「それが悔しいの。凄く悔しい」
 雛の耳に昂からの言葉が届く。公園に置いて来たから帰る、と言う内容に苦笑し、軽く右手を振る。
 それだけで、彼は帰るだろう。たとえ近くにいなくても、主の行動は把握出来るのだから。 
 コツン、と小さな音が響く。
 本来ならば気付かなかったであろう音に、雛は気付いた。そして、視線を動かす。
 その先にいたのは一人の男だ。二十代であろうと推測出来る、ごく普通の男。
「誰……?」
 普段ならば、ただの通行人に声を掛けない。だが、男ははっきりと雛に向かって歩いて来ていた。
 そして、男は異能者だ。生まれながらの異能者。
 距離が縮まる。ほとんど灯りのない中でも相手の顔がはっきりと分かる。その顔を見て、雛は理解する。
「……あ」
 男がこっちに向かって歩いて来るのは当然だったのだ。長い間会っていない知り合いだったのだから。
「雛、何やってるんだ、こんな時間に」
「えーっと、家の手伝い?」
 疑問形になったのは誤魔化そうとしたからだ。そして、それは通用しない。
「手伝いって言うぐらいならせめて散歩って誤魔化せ。バレバレだ」
「そこまで言われると傷付くんだけど。翡翠、どう思う?」
「雛は嘘が下手だと思うけど? それより、誰、こいつ」
 翡翠の容赦など一欠片もない言葉に雛と男は同時に落ち込み、男の方が先に口を開く。
「土師充だ。ほら、翔の……」
「ああ、翔の友人か。よく来てたな、そういえば。完全に忘れてた。雛、よく気付けたね」
「だって、一緒だったから」
 雛の目には彼が連れているモノが見えていた。現出こそしていないものの、彼が従えている式。
 それが彼女の覚えているモノと同一だったから、気付けたのだ。
「まぁ、憶えられてないのは当然だろうな。でも、何でいるんだ。お前の家、遠いだろ」
「家、出たの」
 最後に彼に会ったのは六年前だった。六年も経てば、相手の顔を忘れてもおかしくない。
 にもかかわらず彼が雛に気付いたのは雛が連れている精霊の所為だろう。もしくは、彼が未だにあの男と友人であるからか。
 そう考える雛の前で彼は眉を寄せる。
「出たって、翔は何も言ってな…………、いや、言ってたか」
 その言葉に雛の肩が跳ねた。充が、あの男と友人であったという証拠。そして、捜されているという証拠。
 逃げたから、捜されるのは理解していた。だから、会いたくないと何度も言った。
 居場所も、何もかも、知らせなかった。
「ちょっと、待って。翔、私のこと捜してるの……?」
「捜してるらしいな。何年か前に一度だけ聞いた。どうした?」
 充に声を掛けられた。それを理解していながら、雛は答えれない。
 血の気が引いていく。捜されている、まだ見つけられていない、猶予などあるのか、そんなことが頭の中を支配する。
「何でも、ない。先に言っておくけど、翔に私と会ったなんて言わないでよ? 殴られたくない」
「まぁ、殴られそうだな。見つけたら三時間は説教してやるって言ってたし」
「三時間……」
 そんな時間説教をされるのは物凄く嫌だ。あの男のことだからその間は正座で、その上途中で口を挟むことも立ち上がることも許されないに決まっている。
 もし何か言おうものなら、三十分は伸びる。過去にうっかり口を開いて説教が伸びたことがあるのだ。
 そんなことを思い出して、首を振る。
 憶えているのが不思議なほど古い記憶だ。何故今でもはっきりと思い出せるのか分からない。
「絶対に言わないでよ?」
「……怒られるのは嫌なのか?」
「軽蔑されたくないの」
 そう告げて、雛は家に帰る為に歩き出す。
 だから、充が携帯電話を取り出し、連絡を取ったことを知らない。
 その相手が誰であったかも。


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