蔓薔薇の庭



視界を埋め尽くす緑色。青臭い空気が気に食わなくて、目の前の蔓を引きちぎる。
ぶちり、なんて音を立てた緑色の蔓には小さな棘があったらしく、手のひらがひりひりと痛む。ただの蔓なのに、こうやって攻撃することができるなんて、少しずるい。
青い空気に、鉄の臭いが混ざる。嫌な臭いだ。
ぶちり、ぶちりと蔓を千切る度に増えていく小さな傷に、眉を寄せる。傷なんて、出来ない方がいいのに、柔らかい肌が嫌になる。
思い出すのは、綺麗に笑っていた女の顔だ。最後の恋人のように、決して忘れさせないと笑った女。
「なにが、お前はそのまま生きて行く、だあの馬鹿女」
怒りに任せて蔓を投げ捨てる。いつの間にか足元に散らばった蔓は、血に塗れている。
最期のときに、女は笑っていた。元々ひとでなかった自分が死ねるのが嬉しいと、まるで呪いのように。いまでも耳の奥に残っている馬鹿みたいな笑い声は、確かにあの女の声だ。
ひとでない女にうっかり出会ってしまった俺を散々馬鹿にして、ひとのまま死なすのは惜しいなんて語っていた癖に、最期はひとりで消えっていった女が残した庭の蔓薔薇を、俺はひとりで千切っていく。
ここにあるあの女の痕跡を消すのが、俺の最期の仕事だ。

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