昼食はきっかけ



どんと置かれたトレーを、ぼくは怯えながら眺めた。山盛りになったもやし、分厚くカットされたチャーシュー、たっぷりのネギと麺。早い話、ぼくの向かいに座る人間が食べようとしているのは大盛りのラーメンだ。信じられない、と呟きたくなるラーメンの隣に添えられた大盛りの白米とお冷を見ないふりをして、ぼくは自分のトレーに乗っているミックスサンドに手を伸ばす。
「きみ、よくそんなに食べれるよね。びっくりだよ」
「そういうお前こそ、よくそれで足りるよな。ダイエット中の女か、って量だろ、それ」
「ダイエット中の女の子はもっと少ないよ」
姉さんの食事の量を思い返して、頷く。うん、ダイエット中の姉さんよりも食べてるのは間違いない。なんたって、いまぼくが食べようとしてるのはミックスサンドとフルーツがたっぷりと入ったヨーグルト、ドレッシングは少なめにかけたサラダ、珈琲。一般的な昼食としては少ないかもしれないけれど、充分だ。
けれど、ぼくの向かいの人間は納得していないらしく、ばきりと割り箸を割りながら眉を寄せる。お前なぁ、と零れる呆れた声。
「普通に考えろよ、少なすぎるだろ、その量は」
「きみこそ食べ過ぎだよ、ラーメンに白米ってなにさ、どんだけ炭水化物摂る気なんだよ、おかしいよ」
「いーや、俺は普通だ。お前の昼飯のがおかしい」
ざわざわと賑わう食堂で、ぼくはぷちりと頭の中でなにかが切れる音を聞く。今日の日替わりは好物だよー、やったーと浮かれる同期の女の子の声が遠い。うへへ、って笑う癖直したほうがいいよ、って学生時代から言ってたのが懐かしい。けれど、いまぼくが言いたいのは別のことだ。
目の前の、炭水化物と炭水化物を同時に食べる男の意識を変えないと気が済まないんだ。


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