プロローグ 01



 風が吹く。それによって粉塵が舞った。
 視界を覆うそれが晴れた時、建っていたはずの洋館が消えていた。それに気付いて彼は呟く。
「何で、お前がこんなことをするんだよ……」
 答える声はない。ただ、小さな笑いだけが響く。今にも泣き出しそうな、小さな声。
「お前がこんなことをする必要ないだろ、真莉!」
 応えるように、少女の笑い声が止まる。泣き笑いのような表情を浮かべた彼女は振り返って首を振る。
「あるの、必要……。あれが存在し続けたら、苦しむひとがいるから」
 彼女の髪が風に揺れた。粉塵によって薄汚れたそれは彼女の背を覆う。
「だから、壊さないと駄目なの。誰かがしないと駄目だった。ただ、それが私だっただけ」
 真莉が手を伸ばす。その手の先に集まっている力を感じ取って、叫ぶ。
 けれど、それが彼女の耳に届く前に轟音が全てを掻き消した。




 十月の第一週水曜日、ようやく終わった授業の疲れを引き摺りながら校門に向かい、藍は溜息を吐いた。校門の傍に佇み、どうやら待っていたらしい彼女に問う。
「何でこんなところにいるんだよ」
「携帯にメールしたのに返事がなかったからかな。見た?」
 そう言って、彼女は首を傾げた。藍は身長差のある彼女を見下ろして首を振る。
「見てない。電源入れてないし」
「何でお昼休みに確認しないのよ」
「面倒だったから。で、何で返事がないってだけでここまで来てるんだ?」
「何でって…………一週目の水曜日でしょ? 忘れてた?」
 きょとんとした彼女に「忘れてない」と返し、「でもここまで来る理由には弱いだろ」とぼやく。
 高校の生徒ではない彼女が校門で人待ちとなると、それ相応に目立つ。出来ることなら目立ちたくない、そう考えていることを知ってか知らずか、彼女はこてりと首を傾げる。
「そう言われても、来ちゃったものは来ちゃったからしょうがないんだけど。まぁいいや。とりあえず、いつも通り家に来て。紅茶とケーキぐらいは出したげる」
「ケーキはいらない」
 言いながら、彼女とともに歩く。隣に誰がいても自分のペースを崩さない彼女の後を歩きながら、彼はもう一度溜息を吐いた。
 月初めの水曜日、いつの頃からか彼が面倒な日と認識した日は、毎月訪れる。



 校門にいた彼女と、少年が立ち去った。それを見ていた少女は不意に肩を叩かれて振り向く。
「隼斗、なに?」
「芹が校門見てるから面白いものでもあったのかなって思っただけ」
「ないわよ。ただ、姉さんがいただけ」
「雛が?」
 隼斗の言葉に頷く。珍しいわよね、と言ってから歩き始めた芹菜の歩幅に合わせ、隼斗も歩く。
「珍しいっていうか、何の用があるのか分かんないって。雛がここ卒業したの何年前だよ」
「四年前。それより、あれ誰だか分かる?」
 歩きながら指差した相手を見て、隼斗は眉を寄せる。立ち止まり、溜息を吐いた彼は頭を振りながら呟いた。
「まぁ、芹が他人に興味ないのはいつものことだけどさ。あれ、朝霧だよ。同じクラス」
「そんなのいた?」
「いた。一年の時から同じクラスだって。まぁ、芹とは選択科目被ってないし、あんまり顔見ないか」
「隼斗は詳しいわね」
「芹と違ってそこそこ社交的に立ち回ってるから。で、朝霧がどうかした?」
 その問いに芹菜は「別に。気になっただけ」と返す。立ち止まったままの隼斗を置いていくように歩き、駅へ向かう。
「今日の夕飯どうするの? 希望がないなら適当に作るけど」
「適当でいいよ」
 サラダだけにしてやろうかしら、と言いながら彼女は改札を通り、同じように隼斗も駅に足を踏み入れた。
 

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