湯気




 ゆらゆらと、揺れる。
 もくもくと、立ち込める。

 そんなモノが、この世界にいくつあるだろう。

「湯気しかないと想うんだ、俺」
「それ以外もあるんじゃないの?」
「例えば?」
「……………………煙」
 彼女の言葉に俺は机に突っ伏した。
「もうちょっとマシなこと言えよ。このヘビースモーカー」
「違うわよ。私タバコ嫌いだし」
 そう言いながらも、彼女はタバコを吸っている。本当に嫌いなら、わざわざ吸わないだろう、普通。
「じゃ、それなんだ?」
「…………私は、早く死にたいの」
 タバコを指差した俺は顔を上げた。
「何で、早く死にたいんだ?」
「この世界は、過ごしにくいのよ。もう少し、過ごしやすい世界に行きたい」
 それは、よく分からなかった。
 この世界は、過ごしやすい。
 少なくとも、俺にとってはそうだ。
 何もかもが不条理で、だからこそ面白い。
 過ごしにくいからこそ、過ごしやすくしたい。
 そう想っている。
 だから、この世界は俺にとって過ごしやすい。
「過ごしにくいのよ…。この世界って」
 湯気のように、消えてしまいそうなほど小さな声だった。




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