涙
初めて。
初めて、綺麗だと想えたんだ。
それまではただ意味の無いモノにしか見えなかった涙が。
彼女が流した。ただそれだけで、意味のあるモノだと思えた。
そして。
彼女を泣かせた男を、赦せないと感じた。
僕なら、彼女を泣かせない。
決して、哀しませない。
傷付くような世界を、彼女に見せない。
彼女に見せるのは、優しい世界だけ。
そのためなら、僕は。
彼女の自由を奪っても良い。
自由は無いけど、彼女は傷付かない。
自由を代償に払って、優しい世界で過ごすんだ。
傷付きたくないと望んでいるのは、彼女自身。
だから、僕は彼女に尋ねるんだ。
「優しい世界で、過ごさない?」
決めるのは、彼女。
僕は彼女の選択に従うだけ。
決定権は、彼女にある。
「優しい…世界…?」
黒曜石のような瞳が僕を見上げる。顔を上げたことで、新たな涙が彼女の頬を伝う。
それを指の背で掬い、「そうだよ」と答える。
「君が傷付くモノは何一つ無い、優しい世界」
君は、傷付かない。
君は、哀しまない。
だけど、自由が無くなる。
悪魔の、囁きだ。
現実を捨て、ただ幻想に身を任せよう。
何も考えず、ただ揺られるままに。
「私……そこに行きたい…」
ほら、彼女は選んだ。
自由を代償にすることを決めた。
これで、彼女は僕のモノ。
さあ、君を傷付けない世界に行こう。
自由を代償に払った、優しい世界へ。
僕は全力を懸けて、君を護るよ。
決して傷付かないように。
だって。
君が行くのは、『傷付かない、優しい世界』だから。
僕が、君を護らなくちゃいけないんだ。
君が優しい世界で過ごす為には。
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