賭け






「壁があるよな」
 俺が彼女に向かってそう告げると、彼女にしては珍しく、きょとん、とした顔で俺を見上げた。
 普段なら、その顔に浮かんでいるのは『何馬鹿なこと言ってるの?』と言うどこか委員長らしい表情。もしくは、完全に無視することを決め、俺を見ない。
 けれど、今日に限っては違う。
 単なる偶然だと言われればそれを認める。
 それでも、今日に限っては彼女は俺を見た。
 俺の話を聞く気になった。
 だから、もう一度告げる。

「その壁、壊す気は無いか?」

 チャンスは一度。
 これは、最初で最後のチャンスだ。
 彼女が賭けに乗るかどうかは分からない。
 今日失敗したら、次は無い。
 それを理解しながら、俺は笑う。

「その壁を壊せるか、壊せないか。俺と賭けてみないか?」

 気まぐれな賭け。
 ただのゲーム。
 
 俺が壁を壊せたら、俺の勝ち。
 彼女が壁を護ったら、彼女の勝ち。

 解りやすい、単純なルール。

「その賭け、乗るわ」
 乗らないと思っていたが、意外にも彼女は賭けに乗った。
 前にクラスの誰かが、委員長は負けず嫌いだ、と言っていたから、負けるのが嫌で乗ったのかも知れない。
 まぁ、俺にとっては理由なんて関係無い。
 ただの暇潰し。
 退屈から抜け出す為の、遊びだった。

「決まったな。明日から覚悟しとけよ?」

 それが、始まりだと知らずに始めた賭け。
 そう、これは始まりだったんだ。

 本気の恋の、始まり。


 賭けに乗る気は、あるか?



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