消えた炎




 声にして伝える。そんな勇気を、莉世は持っていない。
 だからきっと、このまま伝えない。そしていつか、忘れられるのだ。


「莉世?」
 契の声に顔を上げる。冬の空の瞳を見て、首を傾げる。
「何?」
「何か元気ないけど、風邪?」
 頬に、契の手が触れる。手の平ではなく、手の甲。冬の外気に晒されていても温度の変わらない、温かい手。そのまま頬に掛かっていた髪を梳く契を見ながら、莉世は首を振る。
「そうじゃない。ちょっと、考えごとしてただけ」
「あんまり悩むんでるとその内疲れるよ」
「だいじょうぶ、そうなる前に相談する」
「俺に言えないことだったら葉月さんに言った方が良いよ」
「うん」
 頷き、けれど葉月にも言わないだろうなと莉世は溜息を吐く。
 契にも、葉月にも、奏にも、弥生にも言えない。相談出来る相手などいない、そう思い、莉世は目を伏せる。
 

 言えるはずがない。
 契のことが好きだと、言えるはずがない。
 結城莉世は、そんな勇気を持っていないのだ。


 歩きながら、契の指を握る。普段ならしない行動に、契が視線を下ろした。
「莉世?」
「寒いから。だめ?」
「別に良いけど、珍しいね」
 契が、しっかりと手を握る。あっさりと手を握った彼の横顔を見上げながら、莉世は俯く。
 きっと、契は莉世を妹のように見ている。もっと言えば、子供扱いをしている。それに対して、莉世は何も言えない。
 流れていく時間が違うのだ。吸血鬼である契からすれば、莉世などまだまだ子供で、子供のように扱うのは何も間違っていない。
 数時間前に見たカレンダーを思い出す。一月のカレンダー、その下にあった二月の文字。
(次の二月五日で、十四……)
 きっと、契の中でその年齢はまだまだ子供だ。だから、莉世は泣きたくなる。
 契の優しさは全て子供に対する優しさで、身内のいない子供に対する同情ではないのかと疑って、泣きたくなる。
 そんな訳ないと囁く声もある。けれど、逆にただの同情だろうと囁く声もある。どちらが正しいのか莉世には分からないし、同時に確かめようとも思わない。
 そんな勇気を持っていないのだ。訊いて、答えを聞くのが怖い。だから、莉世は確かめようと思わない。
 答えを知るのが怖くて訊けないのと同じように、拒絶されることが怖くて莉世は言葉にしない。
 きっと、ずっとずっと莉世は言葉にしない。
 そしていつか、それに灰を掛ける。火を消して、忘れて、何も抱かなかったかのように生きる。
 そんな選択を自分が取ると予測して、莉世は契の手を握る。温かな手を握って、家路を歩いた。


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