エピローグ 27




 通称『後天的な異能者による事件』の犯人が捕まった。

 その報告は柚木家当主から他の家の当主に伝わり、数時間の内に殆どの異能者に知られることとなった。
 四人の異能者によって捕まえられた犯人は一時的に土師家に預けられ、そのあと柚木家に送られた。
 その際、犯人と同じ時間に成瀬雛と柚木翔が実家に帰ったことを知っていた者は少ない。

「で、結局どうなったんだ?」
 優の問いに雛は暫く考え込んでから口を開いた。
「伯父さんに捕まえたよーって言って、伯父さんが犯人から情報搾り出して、その情報が他のひとに伝わって、組織壊滅?」
「何で疑問形なんだよ」
「私は私で怒られたり泣かれたり説教されたりであんまり関わってないから。ほとんど人伝に聞いただけだし」
「意外と大変だったんだな」
「何が大変って一番下の妹に顔忘れられてたから『誰ですか?』って聞かれたのが一番……」
 仕方ないとはいえ、結構傷付く。しかもそのあとに待っていたのが翔からの説教だ。冗談抜きに泣きそうだった。
「犯人ってどういう奴だったんだ?」
「何だっけ、ちゃんと聞いたわけじゃないから自信ないんだけど、『私たち』と一緒だった」
 雛の言う『私たち』が誰か分からなかったのか、優は眉を寄せる。けれど、彼の疑問に答えたのは雛ではなく、遅れてやって来た翔だった。
「柚木や成瀬と一緒だったんだ、あの犯人は」
 そう言って、翔は「遅れて悪い」と呟く。
「何で遅れたの?」
「事後処理。充は忙しいから来れなくなったらしい」
「そう」
「で、俺たちと一緒って言うのがどういう意味か分かるか?」
 翔に問われ、優は首を振った。彼らと犯人の共通点と言えば異能者であるということしか出てこないのだろう。
「お前は知らなくても仕方ないんだが、『人外を呼び出して従える』って能力は結構珍しいんだ。ほとんどの異能者の家系ではもう『呼び出す』ってことすら不可能になってるしな」
「雛がしょっちゅう呼び出してるのは?」
「あれは継承してるから別物だ。電話掛けてここに来いって言ってるようなもんだと思えばいい。そうじゃなくて、一から呼び出すなんてことはもうほとんど不可能なんだ」
 柚木家に代々受け継がれて来た精霊は一人の男が呼び出し、契約によって繋いだ存在だ。その内の何体かを継承して呼び出すのと、異界から人外を呼び出すのとは全く違う。
「ここじゃない世界から人外を呼び出す。そんなことが出来るのは俺と雛、それと芹菜……雛の妹だけだ」
「じゃあ、犯人は雛たちと同じように何かを継承してたのか?」
「いや、召喚してた。あの場で初めて呼び出して、従えたんだ」
 優の眉が寄る。犯人であった女が呼び出した人外は、『あの時初めて女に従った』。けれど、そんなことが可能なのは翔の話を信じるなら三人。
「どういうことだ?」
「見落としてたんだよ、最初から」
 翔が溜息を吐く。彼は説明を聞き流していた雛のレモンティーを見ながら語る。
「俺たちは紅茶の方ばっか見てて、レモンの存在を忘れてたんだ。柚木という家系、そこから枝分かれした家系を管理してたつもりで、最初から見落としていた」
 言っても、優にはどういう繋がりがあるのか分からない。雛には理解出来るのだろうか、と思って視線を動かすと呆然としている雛と目が合う。
「翔……まさかとは思うんだけど……、始祖の家族、見落としてた?」
「そのまさかだ。始祖の妹がどこに嫁いだのか把握してなかった」
「……馬鹿だ」
 思わず呟いた優の頭に翔の拳がめり込む。いきなり殴られた優は驚愕の表情を浮かべるが、どう見ても怒っている翔に睨まれ黙り込んだ。
「俺たちでも馬鹿だ馬鹿だと思ったんだ。わざわざ言うな」
「……あのひと、始祖の妹の子孫?」
「まぁ、そうなるな。時間が経ちすぎて調べるのに結構時間が掛かったんだが、裏付けも取れた」
「あのひと、何であんなことしたか言ったの?」
 雛の問いに翔は頷く。
「言った。異能者であることに嫌気が差したから、異能者全てを巻き込んでやろうって思ったらしい。で、芋づる式に組織の奴らも捕まえれた」
「……理解出来ないんだけど、その理由」
「まぁ、そういうもんだろ。一番最初に実行に移した奴はまだ捕まってないらしいが、俺たちは関係ないしな」
 その言葉に優は「関係ないのか?」と聞き返す。今回犯人として捕まった女は柚木の親戚だ。無関係とは言い難いのではないか、そんな疑問が浮かんだのだろう。
「無関係だ。俺たちの仕事はまだ残っている『後天的な異能者』、そいつらを完全に排除することだしな」
「排除って……もうちょっとマシな言い方してよ……」
「じゃあ退治」
「もういい。でも、何で目撃されてた犯人ってあのひとだけだったの?」
 雛の問いに翔は「生贄みたいなもんだろ」と返す。
「捕まえられても痛くない存在。そういう扱いを受けてた女が実行犯として選ばれたんだろ。実際、あの女の能力は便利と言えば便利だからな。異界から呼び出した存在の能力を、そっくりそのままただの一般人に流し込ませたら、『後天的な異能者』の出来上がり、なんてことになるんだからな」
「色んな意味で聞きたくなかった」
「まぁ、そうだろな。で、雛は異能者として帰ってくるんだな?」
 その問いに優も雛を見た。逃げ出したと言っていた彼女が異能者として帰るのか、それは彼にとっても気になることだろう。
「帰るよ。今度は逃げないし、逃げようなんて思わないから大丈夫」
 そう言って、雛は微笑んだ。もう二度と迷わないと言葉なく告げる彼女を見て翔は「ならいい」と呟くと歩き出す。
「とりあえず、充のとこ行くぞ」
「うん」
 翔の後ろを歩く雛を追いながら、優は「本当に帰るのか?」と問うた。
「帰るよ。大丈夫、急に引っ越すとか転校とかしないから」
「そうじゃなくて、大丈夫なのか?」
 強大な能力を持つが故に恐れられた、一度は逃げ出した場所に戻って平気なのかと言外に問う優に、雛は苦笑する。
「大丈夫。もう逃げないって決めたから、本当に大丈夫。心配しないで」
 立ち上がれなくなるのならいらない、と雛を突き放そうとしたのは、翔だ。そして、突き放された雛の背を押し、決断させたのは翡翠だった。
 雛の脳裏に、数日前の会話が甦る。

「どっちを選んでも、俺は従うよ。止めないし、考え直せとも言わない。今日が最後になっても文句言わないよ」
 その言葉に、純粋に驚愕のみを覚えた彼女は穏やかに微笑む翡翠と目があった。
 穏やか過ぎるほどに穏やかな微笑みに、雛は翡翠の考えていることを理解する。
 彼は、今ここで異能者であることを止めると告げても、何も言わない。何も言わずに、最後の命令を聞く。その命令が雛からの解放でも、同時に最後の主の最後の命令になっても構わないと考えている。
「まぁ、そんなんだから俺たちのことは気にせず選んで。どっちを選んでも、誰も怒らないから」
 選択を突きつけるだけで、どちらかを強制はしない。異能者であり続けるのも、止めるのも雛の自由として、翡翠は『選べ』と告げる。
「でも、俺たち全員が使役される時代が終わるかもしれないから異能者であり続けるなんて選択はするなよ。そんな理由で雛が異能者であり続けることは許さない」
 雛は目元を擦る。次いで頬を伝う涙を拭い、深呼吸を繰り返す。
 異能者であり続けるか、ここで止めるか。そのどちらを選んでも、誰も文句を言わない。彼女の選択を受け入れ、意思を尊重する。だから、雛は覚悟を決める。
「逃げるのは、止める」
 その一言に翡翠が微笑む。穏やかすぎる微笑みではなく、いつものような微笑みを浮かべた彼は満足そうに頷く。
「じゃあ、今から何をしないと駄目なのかぐらいは分かってる?」
「分かってる」
 翡翠の言葉に頷き、雛は引き離された精霊の内の一体、常盤の制御を取り戻す。
 元々、本来の主は雛だ。雛の能力の乱れで行動が鈍くなった彼らを一時的に従えた翔から精霊を取り返すのは困難なことではない。
「常盤、とりあえず犯人の所まで連れて行って」
「了解」
 常盤が雛の手を掴む。空中に投げされるような錯覚が一瞬だけ彼女を襲う。
 そして、成瀬雛は異能者であり続けることを選んだ。

「そう言えば」
 雛の呟きに翔は「何だ?」と問う。翔の隣まで歩いた雛は「私たちが殺し合うことになるかもしれないって言ってたけど、あれって本当にありえる話だったの?」と首を傾げる。
 昔から、二人の内のどちらかが暴走すれば殺し合うことになると言われていた。けれど、冷静に考えると自我を失うほどの暴走が起こる確率はかなり低い。
 だから、殺し合うかもしれないという話も、そうならない可能性のほうが高いのではないかと雛は問う。
「お前が制御下手だからな。その所為でそんな心配されたんだ。だから、結論から言うとお前の制御がマシになればありえない」
「じゃあ、このままだったらありえるの?」
「かもな。本当に起きるって断言出来ないが、可能性だけはあるぞ」
「翔が暴走する可能性は?」
「ない」
 断言され、雛は「じゃあ殺し合いなんて起きる確率、物凄く低いじゃない」と呟く。
「頭の固い爺たちが心配してたのは俺の暴走じゃなくて雛の暴走だ」
「でも、殺し合いに発展するような暴走なんて起きないでしょ?」
「普通は起きないな。まぁ、地震が来るんじゃないかって心配してたようなもんだろ」
「それは違うような気がするんだけど……」
「何にしても、お前が暴走しないって証拠がないのが駄目だったんだ。殺し合いが起きる可能性はかなり低いけどな」
「納得出来ない……」
 不満そうに呟く雛を見て、翔は笑った。黙って話を聞いていた優は苦笑し、「頑張れ」と雛に告げる。
「頑張れって、何を?」
「頭の固そうな奴らの説得」
「それ、私の仕事じゃなくて翔の仕事だと思う。私が言っても、どうせ聞いてもらえないだろうし」
「まぁ、暴走するかもしれない本人が暴走しませんって言っても信じれないよな」
 翔の言葉に雛の眉が跳ねた。彼の言葉が癇に障った雛はにっこりと微笑むと「じゃあ、説得よろしく」と告げる。
「いいぞ。ただし、お前が今日異能者三人見つけれたらな」
「本当に三人でいいの? 三人ぐらいならすぐ見つかるよ?」
「やってみろ。この辺はあんまり被害者いないぞ?」
「やってやるわよ。三人見つけたら、ちゃんと頭の固いひとたち説得してよね」
「ああ、説得してやる。三人見つけたらな」
 にっこりと微笑んだ雛と火に油を注いでいるとしか思えない翔を見て、優は溜息を吐いた。その隣で、いつの間にか現れていた翡翠がぽつりと呟く。
「土師のとこ、行くんじゃなかったの」
「忘れるとこだった。雛、さっさと行くぞ」
「分かってる。優も走って。置いていかれちゃうから」
 雛はそう言ってすぐに翔を追いかけた。
 事件の犯人を捕まえても、後天的な異能者はまだまだ残っている。彼ら全員から能力を取り上げて初めて『事件が終わった』と言えるのだろう。
 そして、その時はまだまだ遠い。
 



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